580 / 611
第576話
少数とはいえ、私兵を連れての移動は目立ちすぎる。常ならば気にせずとも良いかもしれないが、今は懐にある文を届けるまでは決して倒れるわけにはいかないと、弥生は多少の時間を犠牲にするのを承知で遠回りをし、華都へ向かった。
人目につかぬよう、怪しく思われぬように馬を駆けさせる。そしてようやく華都に着いた弥生たちであったが、相手は帝。行ってすぐに謁見できる相手ではない。気持ちばかりが逸る中、弥生は宿で息をひそめるようにその時を待っていた。
「弥生、入るぞ」
何事も無いか表の様子を見に行った紫呉が小さく声をかけて入ってくる。静かに視線を向ければ、彼の後ろには月路の姿があった。そのことに弥生は眉間に皺を寄せる。
「雪也達に何かあったのか?」
不穏な気配を感じてから庵には変装して向かっていたとはいえ、少し調べれば庵も雪也たちも春風に関わりのあるものだとすぐにわかるだろう。だからこそ月路だけでも残してきたというのに、なぜ彼がここに?
「申し訳ございません。火急の報せがあり殿のご命令にて庵を離れ、はせ参じました」
「父上の命令で? 何があった」
よほど急いできたのだろう、月路は肩を大きく上下させるほどに息を荒げている。膝をついて弥生に近づく月路に優も視線を向ける。襖の前で神経をとがらせている紫呉も耳だけは月路に向けていた。
ともだちにシェアしよう!