641 / 647

第637話 ※

「そなたらがあの男と別れてどれほど時間が経っていると思っている? 火災の混乱に乗じて命を奪うことなど容易いことだ」 「火災? いったい彼に何をしたッ!」  まさか以前耳にした噂が本当になったというのか? 近臣の屋敷に放火して、その混乱に乗じ衛府に大砲を打つ。春風家ですら把握し対応しきれないだろう混乱の中で、由弦の命を狙ったとでも言うのだろうか。そこまでしなければならない彼らの志とは、いったい何なのか。だが男は顔を歪める雪也を前に、ゆっくりと首を横に振った。 「恨むなら、我々ではなく衛府を恨むことだ。領主の屋敷に次々と火を放っているのは衛府の駒どもであり、我々ではない。そして炎が燃え盛る前に消すため春風の私兵は全て出払っていて、もし事態に気づいたとしてもあの男を助けるだけの余力も時間もない。つまり、すでに手遅れということだ」  雪也がこの庵で戦っている間に――否、この庵に着いた時には既に由弦は彼らの刃を受けている。 「そなたは強い。この現状を前に、それは認めざるを得ないだろう。だが、それはそなただけだ。仮にここで我々が撤退したとしても、春風が妨げになる以上は狙われ続ける。そして、衛府は決してそなたらを助けはしない。――問おう。誰もいなくなった世界で一人、そなたは抗ってまで何のために生きる?」  その生は疎まれ、枷となるだけだというのに。

ともだちにシェアしよう!