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第647話
「いや、知らぬ者が抱き上げていれば勘違いするのも無理はないでしょう」
ごめんなさい、と繰り返す湊の肩をポンポンと叩いて、男は顔を上げるよう促す。恐る恐る顔を上げれば、男はなんとも言葉にしがたい顔をしていた。
怒りではないだろう。かといって淡々ともしていない。強いて言うなら泣くのを耐えているような、あるいは苦しみを誤魔化しているような、そんな顔をしていた。
何か、嫌な予感がする。
「あの、サクラを見つけてくれてありがとうございました。きっと、由弦とはぐれてしまっていたんでしょう。俺が、庵に連れて帰りますよ」
もしかしたら蒼は庵に居て、だから雪也や由弦がサクラを探しに行けなかったのではないか。そんな希望もあって湊は手を差し出したが、男は何故かクシャリと顔を歪めてサクラを渡そうとはしなかった。それは憤怒ではない、本当に、泣きじゃくってしまいそうな顔だった。
「……サクラの保護もですが、私も今から庵に行かなければならないことがあります。それは、あなたに頼むのはあまりに酷でしょう。――一緒に、行きますか?」
隠していたところで、いずれ知ることになる。
言葉にされなかったそれを湊が気づくことは無かったが、ゾワリと何かが蠢いた。少し迷い、だが庵に行きたかった湊はひとつ頷く。
道中、男はあまり喋らなかった。無口な性格なのかと湊は自分を納得させたが、湊が何度手を伸ばそうとサクラを渡そうとしない事だけは不思議に思う。
クゥクゥと、サクラが寂しそうに鳴く。その度に男は優しくサクラの頭を撫で、何かを耐えるように、あるいは支えようとするかのようにサクラを抱きしめていた。
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