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第652話

「……おれが、連れていきます」  消えてしまいそうな声は僅かに震えている。耐えるように唇を噛んだ湊は蒼の手を引いて背負った。熱の無い腕がダランと垂れ下がり湊の心臓を握りつぶそうとする。  湊は扉の前で一度振り返り、横たわる雪也達を見た。  暖かで、優しい、笑顔に満ちた庵が静まり返っている。 (……もしも)  もしも、自分がつまらぬ痛みに振り回されず、彼らの友愛を信じ側にいれば、何かがかわっていただろうか?  まだ、この庵には温かな光が溢れ、笑顔に満ちていただろうか?  もしも、  もしも、そんなことを考えたって仕方がないのに、考えずにはいられない。  泣き叫んで、違うと喚いて、激情のままに暴れまわって――そんなことをしたって現実は何も変わらないのだと分かりきっているから、ただひたすらに唇を噛んですべてを胸の内に押し込む。喉が焼け付くように熱くて、瞬きすらもせずに前を見て歩き出すのに、頬は次から次へと濡れていく。  その小さな後ろ姿を、男は何も言うことができずただ見つめていた。

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