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第653話

「……そうか。あの子が……」  武衛の街を火の海にしないため走り回っていた春風の当主は、屋敷に着いた瞬間に待っていた呉服問屋の息子から雪也達の訃報を聞き、静かに瞑目した。  弥生が連れ出した美しい子。やっと楽しそうに笑うようになったと思ったのに、こんなに早く逝ってしまうとは。 「皮肉なものだな。己の権力と盲目的な考えに支配されている者達の命も等しく平等と思い、何よりも無辜の民を助けんと私たちは走り回った。弥生もまた、数多の命を守らんと今も駆けていることだろう。だというのに、一番守りたかった命を失うとは」  それも、何の罪もない命だったというのに。  これを知れば、弥生は何を思うだろう。誰よりも雪也達を大切に慈しみ、庵に行くことを楽しみにしていた姿を知るだけに、どう伝えたら良いかもわからない。 「兵衛とやら。知らせに来てくれたこと感謝しよう。雪也たちは身寄りがおらぬゆえ我が春風で引き取り、手厚く弔うこととする。後ほど庵に人をやろう。サクラも、当家で引き取る。して、湊といったか。そなたはどうする? よく火野の店に顔を出していると聞いたが、家はあるか? 身内がおらぬようであれば、この屋敷に留まってもよいが」  問いかけられた声音はとても柔らかで、これ以上ないほど残酷なものを見て傷ついたであろう湊を気遣う姿は、やはりどこか弥生に似ている。だが、それがなおさら湊には苦しかった。 (それをもらう資格なんて、ない……)  逃げてはいけなかったのに、己は逃げたのだから。

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