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第655話

 襲撃を避けるように移動を続け、弥生達はあえて煌々と灯りのついた宿屋に部屋を取る。春風だと知られぬよう変装はしているが、過剰に隠すのは悪手だ。髪型を変え、優と紫呉で先に宿を取り、その後に弥生だけで部屋をとる。要は弥生であると知られているからこその策に、今のところ敵が気づいた様子もない。  注意に注意を重ねて弥生の部屋に集まった紫呉であったが、武衛に帰ったはずの月路が再び姿を見せたことに眉根を寄せる。しかも彼は紫呉が一人になった瞬間を狙って姿を現した。つまり、今の時点で弥生に知られたくないということだろう。  嫌な予感を覚えつつ適当な理由を作って弥生に告げ、紫呉は優と二人でとった部屋に入った。ストン、と天井から月路が降りてくる。 「武衛で何かあったのか? それとも、帰る途中で何かあったのか?」  そのどちらであっても、あまり良い報告ではないだろう。 「我々に何かがあったわけではありません。また、これは当主の命で来たわけではなく、私の独断でもあります。……ただ、若様にお伝えして良いかは、未だに迷いがあります」  報告すべきという考えと、今はその時ではないのではという思い。そのどちらも正しく、間違いであるように思えて口ごもる月路の考えを察して、紫呉は強く拳を握った。 「いい、弥生に話すかどうかは俺が決める。報告を」  弥生に話すのを躊躇うものは、同時に紫呉に伝えるのも躊躇われるものだ。目の前で強く立つこの人もまた傷つくだろうと思うと、月路は顔を上げることができない。俯いたまま、月路は口を開いた。

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