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第659話
震えるほどに握りしめた己の手を紫呉は見つめる。刀や槍の手ほどきをしたけれど、生きる為の術を教えてやるべきだったのだと今更ながらに気づく。戦わなくて良い、迷わず逃げろ、自分の身を守れと。
「……月路、このことは、今は弥生に言うな。ここで衝撃を与えちまったら、弥生の命も消える。そうなったら俺たちが悲しむだけでは済まない。武衛に帰ったらいずれ知ることになるんだ。ここまできたらもう、いつ知ろうが遅すぎたなんてことはねぇよ。だから、武衛に帰ってことを成すまでは、隠しておけ」
流石の弥生であっても雪也達の死を知って僅かも動揺しないなどということはあり得ない。そして動揺して僅かな隙が生まれてしまえば、それが命取りになる。
「では、俺は武衛に戻ります」
戻ったところで、月路が護るように命じられた雪也達はいない。静かに瞼を閉じた月路に紫呉は視線を向けた。
「旦那様は、お前たちになんと命令してる?」
「屋敷で待機です。領主邸への放火が近臣によるものだと既に皆が知っているので、領主たちが衛府につめかけて将軍に説明を求めていますから近臣は動けませんし、放火を未遂に止めた春風家を杜環殿をはじめとして多くの領主たちが護っていますから、近臣ですら春風家には手出しできません。殺しはしなかったとはいえ、雪也一人に全滅させられたのを重く見たのか、過激派にも動きはありませんので。……皮肉なことに」
本当に、なんて皮肉なことだろうと紫呉は胸の内で嗤う。こんなにも喜べない吉報は初めてだ。
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