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第670話
今は亡き先代将軍・茂秋との約束を守るため。茂秋が愛した姫宮と忘れ形見を守るため。何も知らぬ無辜の民を守るためだ。決して、芳次のためではない。そもそも芳次と春風家は性格的に相性が悪いのだ。どちらが悪いとは言えないが、どうしても相容れない。だというのに、その春風こそが芳次にとって最後の頼みとなるなど、なんと皮肉なことか。
「報告によれば華都は相変わらずのようにございます。死体は転がっていますが、摂家も帝も静観を崩しません。姿は見えなかったようですが、春風殿は既に華都を発っているだろうと申しておりました。華都のどこにも姿が見えないから、という推測にすぎませんので、春風殿の策が上手くいったのか否かは、まったくわかりませぬが」
わからぬことがもどかしくてならないと小姓は苛立っている。本人は隠しているつもりのそれに芳次が何かを言うことは無いが、ますます心が暗い膿に侵されていくのがわかった。
「そうか。もういい、下がれ」
ゴプリと膿が弾けて腐臭を放つ。それは決して表に出してはいけないものだと芳次は奥へ押し込めるよう呑みこみ、そして思い出したように振り返った。
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