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第671話

「ああ、そうだ。春風に登城するよう伝えよ。できれば早急にと」  早々に去ろうとしていた小姓が一瞬動きを止め、そして了承するように頭を垂れる。それを見て芳次は再び空へ視線を戻した。  この身は春風を従えることはできない。春風は自分を主君とは仰がないし、己もまた春風を右腕と呼べるほどに信頼することは今もこれからもできないだろう。だが、利害が一致している今は、彼らも全力を尽くしてくれるだろうし、己もまたその理念には信頼を寄せることができる。  春風のことがわからないなら、同じ春風に聞けばよい。彼らは己にはない情報網もあれば、連絡手段も持っているのだろうから。 「将軍、か。もっとも民のため主上のためにあれる立場と思うていたが」  どうやら自分もまた、夢を見ていたようだ。芳次は苦笑する。策を考えども考えども、己の手足であるべき家臣が裏切っていく今を、ふと悲観してしまう。だが、そんな時間はない。どれほど思わぬ方向に進んでいようと、己が将軍なのだ。であるのならば、悲痛も、屈辱も、恥辱も、すべてを捨て去って前に進まなければならない。春風に頭を下げることが手段のひとつだと言われれば、それも構わないだろう。  ただ、どうして自分は彼らと相いれなかったのだろうと、ほんの少し虚しさを覚えた。

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