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第672話

 足音はおろか葉音さえもさせぬよう、まるで空気に身体を溶かすように走る。予想していたとはいえ、随分と多くの刺客がさし向けられたものだと、弥生はこんな時であるのに笑いそうになった。否、もう笑うしかない。  帝の文をもってしても事態は治まらないかもしれない。武衛にたどり着いたとて戦は始まるかもしれない。そんな考えがずっと弥生の脳裏をよぎっていたが、この状況を見るにそう悲観することも無いのかもしれない。もっとも、無事に帝からの文を武衛にいる芳次や領主たちに届けられればの話ではあるが。 「まずいな、よほどこの街に狙いを絞っていたのか数が多すぎる。奴らはこの三人相手に戦でもするつもりか?」  ヒュンヒュンと飛び交う矢をなんとか避けながら弥生は苦笑する。居場所を知られないためにも矢を打ち落とすのではなく避けているが、それもいつまでもつか。 「戦も戦だな。こんな正確に矢を撃つ烏合の衆なんていてたまるかよ。流石に、囲まれるぜ」  どうやらここにいるのは志だけの素人ではなく、どこかの領主がさし向けた私兵であるらしい。春風の私兵とは比べものにもならないその数に流石の紫呉も額に汗を浮かべた。 「囲まれては何もできないな。まったく、あれだけ用心していたというのにどこで動きを知られたのやら。ここまで兵を集められては何もできない」

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