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第697話 ※
「光明もまた、国を想ったのだろう。民を想ったのだろう。それは疑っていない。他はどうであれ、光明自身には私事の欲というものはなかった。だがこの子は間違えた。弥生殿は決して言葉が通じない相手ではないというのに、光明は信じようとしなかった。話すことができれば、あるいは別の道があったかもしれないというのに、光明は私の言葉ではなく中身のない甘言を信じた。あの時、私が心の臓を患ったりしなければ、光明を諫めきることができていれば、光明は命を失わず、弥生殿も夏川殿を奪われたりしなかった。こんなにも――、こんなにも我が身を呪ったことはない」
これまで杜環の中には峰藤の補佐官であるという矜持が確かにあった。それが一部の隙も無いほど正しい道であるかなどは自身であってもわからなかったが、それでもその時その時に最善を選び取り、惜しむことなく動き、言葉を尽くしてきたという自負があった。だが、杜環には確かに足りなかったのだと今ほど思い知らされることは無い。
光明を説得する言葉も、その刃を止めるだけの力も、何もかもが足りなかった。〝もしも〟なんて考えたところで現実は変わらない。無意味だとはいわないが、今すべきことではないと杜環は理解している。だが後悔という感情は、そうそう人の意志でどうにかできるものではないらしい。グルグルと渦巻くそれはどうにもならないのだと理解したからこそ、杜環は例え命を削ることになったとしても弥生の元へ行きたかった。
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