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第696話 ※

「すまない、お前が私のことを案じてくれているのは分かっている。この身体が無理を出来ないのも重々承知だ。だが、行かせてほしい。私は今、悔しくてならないのだ」  いつも通り穏やかに話す杜環の身体がほんのわずか震えている。それに気が付いたお付きの者はハッと息を呑んだ。  ポタッ、と地に落ちる真っ赤な雫。いつの間にか握りしめられた杜環の拳は、爪が皮膚を破ったのだろう赤く染まっていた。 「杜環様……」 「かつて、弥生殿は私に話してくれた。大切な者たちがいると、彼らの幸せと安寧を願わずにはいられないと。その大切な者の中に、夏川殿は確かに入っていたはずだ。だが、彼の命は奪われた。私が光明を止められなかったからだ。あんなにも無辜の民を案じ、平和と安寧を与えんがために昔も今現在ですら走り回っている弥生殿が、大切に思っている者を失ったのだ。こんなにも無念で、無常なことはない」  今の世で誰よりも報われるべき人だと、杜環は思っている。言葉にこそできないが、芳次よりも、姫宮よりも、誰よりも、弥生は報われるべき人だと。そうでなければ彼の献身に釣り合わないというのに、この世は残酷にも弥生から奪う。

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