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第50話
身支度を整えた文維がダイニングへ向かうと、すでに煜瑾がパタパタとキッチンとの往復をしていた。
「煜瑾、慌てないでいいですよ」
椅子を引きながら文維が声を掛けると、弾むような声で煜瑾が返事をする。
「はい。今、コーヒーを持って行きますね。先にサラダから召し上がって下さい」
見ると、ダイニングテーブルの上には、昨日の残りのポテトサラダの横に櫛切りにしたゆで卵が添えられたサラダボウルが置いてある。
それを、自分と恋人の分を取り皿に盛り付けた文維が振り返ると、ちょうど煜瑾が白いマグカップを右手に、焼き立てのホットサンドが載ったお皿を左手に持って、キッチンからダイニングルームへと入ってきたところだった。
「はい、どうぞ」
すっかりコーヒーの淹れ方が上手になった煜瑾が、文維のためにブラックコーヒーを差し出す。そして、それを満足そうに受け取り、毎朝と同じくその香りを堪能する。
並べられたホットサンドは、最近、煜瑾がハマっているもので、SNSの動画に触発され、わざわざホットサンドメーカーを買ってきたのだった。
「煜瑾の分は?」
「今、焼いているのです」
煜瑾は楽しそうに、ニコニコしながら文維の向かい側に座った。
「ねえ、文維、美味しいですか?」
催促するような煜瑾を、愛しそうに見つめ、文維は頷いた。
コーヒーを飲み、ホットサンドに手を伸ばす。
「今日は、玉子とベーコンと玉ネギと粒コーンが入っています」
「いただきます」
文維が大きく口を開けて、愛する人が作った物を頬張る。
「あ、チーズも入れました」
煜瑾が慌てて付け足すと、文維も嬉しそうにモグモグと口を動かした。
「どうですか?」
気忙しい煜瑾を微笑ましく思いながら、文維は言った。
「とても美味しいです。それと、煜瑾の分も、そろそろ焼き上がるのでは?」
文維の指摘に、ハッとして、煜瑾は慌ててキッチンへと駆け込んで行った。
そんな様子を温かく見守り、文維は食事の手を止めた。煜瑾が戻るのを待つためだ。
煜瑾とお揃いのマグカップで、美味しいコーヒーをひと口含む。
ふと窓の外を見ると、明るい日差しが差し込み、キラキラとした眩い朝だ。それをしばらく見つめていた文維だが、ハッと気づいた。
「煜瑾!」
「はい?」
文維とお揃いの白いマグカップと、お気に入りのホットサンドで両手を塞がれた煜瑾が、文維の声に慌ててダイニングに戻り、何事かとあどけない顔をして返事をした。
「ほら、おいで」
そう言って文維が立ち上がり、手を伸ばした。
急いで手にしたものをテーブルに置き、煜瑾は文維の手を取った。その手を引いて、文維は煜瑾を窓辺へと連れて行く。
「あれを、ご覧」
「わあ~」
2人が並んで覗いた窓の外には、朝日に照らされた大きな虹が架かっていた。
「…キレイですね」
「ああ、こんなに大きくて色鮮やかな虹は珍しいですね」
2人は肩を寄せ合うようにして虹を見詰めた。
「煜瑾、今年の春節はどんな予定ですか?」
「包家のおとうさまとおかあさまを、ここへお招きするつもりですが?」
そうは言ったものの、煜瑾はその美貌を曇らせる。
「…でも、唐家のシェフに頼むのも、どこかのレストランに頼むのも、何か違うような気がして…」
純粋な心しか持たない煜瑾が、その胸を痛めていることに文維は助けの手を差し伸べる。
「もっと気軽に考えたらどうです?」
「?」
「お父さまに、年夜飯の作り方を教わればいいじゃないですか」
何でもない事のように言う文維の申し出に、煜瑾は稚く目を見張る。黒く大きな瞳がますます大きく見えて愛らしい。
「おとうさまに?」
「イヤですか?」
少し意地悪く文維が煜瑾の顔を覗き込むと、煜瑾は好奇心いっぱいのキラキラした笑顔で否定した。
「違います!ずっと教わりたいと思っていました!」
素直に喜びを表す煜瑾が愛しくて、文維もニッコリして付け加えた。
「餃子も、教えてもらえますよ」
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