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第1話

 蝉の鳴声が近くからも遠くからも鳴り響き、もはや機械音にしか聞こえない。そばをエンジ色の電車がけたたましく音をあげ、樹木の緑と灰色の建物の間を見え隠れしながら通り過ぎる。電車の通る音ですら、蝉のオーケストラをかき消すことはできない。足元の石段を下りれば、時おり真っ白なサギが立ち止まる川が流れているが、六甲山を水源とするその川は、川底がよく見えるほどだ。別に美しいからというわけではなく、この辺りまでくれば子供が入っても危険はないほど浅い。ただ空き缶やビンなどが投げ捨てられていて、川に入ると足を怪我するよ、などと親たちから注意される。そんな川の縁ではしゃいでいる子供たちを見下ろし、前を歩く少年はポツリとつぶやいた。 「ガキやなあ。ま、俺らも昔はあんなんやったけど」  まるで人生を何十年と生きたみたいなセリフを言うその少年も、まだ小学六年生だ。だが、体は大人になりつつある。尻尾が残っているカエルのようなものだ。知識はあるけど経験が無い。わき上がる欲望をどう処理していいのかわからず迷い続ける。  その川沿いの細い道を、梅塚絢斗(うめづかけんと)児島大誠(こじまたいせい)に手を引っ張られてひたすら南へ歩いていく。絢斗と大誠は家が近所で、歳も大誠が一つ上だったこともあり、一人っ子の絢斗は“大誠くん”と呼んで兄のように慕っていた。足も速く、テレビゲームもうまく、勉強や悪いイタズラも教えてくれた。   「大誠くん、どこまで行くん?」 「静かなとこ」  具体的な場所は言わなかったが、目的地にはついたようだ。木がたくさん生い茂る公園の大きな松の幹のところで、大誠は足を止めた。その木に蝉が何匹もいるのだろうか。頭の上から、ジンジンと鳴き声が降りかかる。  その辺りは閑静な高級住宅街で、春には川沿いの千本を超える桜が咲きそろってピンク色に染まる公園がある。大誠はその公園の中でも人通りがほとんどない場所を選んだ。川を挟んで向かい側には簡素なアスレチックがあり、子供が遊んでいる。大誠と絢斗がいる場所は、木の陰で向かい側からもほとんど見えることがないだろう。  大誠は松の幹に、絢斗の背中を押しつけた。ゴワゴワとした樹皮の感触に“痛い”と思うよりも先に、絢斗の唇は柔らかい感触に包まれた。キスされているとわかるまで、そう時間はかからなかった。  なんで大誠くんは僕にキスしてんの。僕が好きなんかな。頭の中では疑問しか浮かばない。小学五年生でファーストキス、しかも相手は六年生の、お兄ちゃんみたいに慕っている男子、という衝撃的事実に悩まされるのは絢斗が家に帰ってからだった。  そのうち、舌が入ってきた。さっきいっしょに飲んだオレンジジュースの味がする。口の中を舐め回され気味悪いほど動く唇に絢斗は硬直してしまい、“やめて”と言う言葉も出ず、相手を押しのける力も働かない。  暑さと緊張で、体中汗が吹き出る。早く離れてほしい、そう願うだけの絢斗には、さらに初めての体験が待っていた。大誠の手が、絢斗のハーフパンツの上から股間を覆うように触れた。力を入れて揉み始める。テクニックも何もない愛撫に対し、嫌悪感しかない。初めての感触。排泄以外でそんな所に触れる理由はあるのか。なぜ、大誠がこんないやらしい行為をするのか。早く時が流れてほしい、早く終わってほしい。  だが、行為はそれだけでは終わらない。大誠はその場にしゃがんで絢斗のハーフパンツとブリーフをずり下ろすと、まだ柔らかく皮をかぶったままの小さなペニスを口に含んだ。飴を舐めるようにレロレロと舌を転がし、顔を上下させてピストン運動をする。  絢斗は驚いて拒否するタイミングを失ってしまった。それどころか、気持ちいいとまで思うようになってきた。 「ふ…あ…大誠くん…、そんなとこ…汚いから」 「ほんなら、手でしたろか?」  立ち上がった大誠は、今まで舐めていたものを手で扱きはじめた。うっすらと産毛みたいな柔らかく細い毛に覆われたそこは、排泄以外の機能に目覚めはじめた。絢斗は自分でも信じられない。柔らかいと思っていたそこは、次第に硬くなっていく。ピン、と真っ直ぐ体に対して垂直に勃起している。  人に弄られただけでこんなになるなんて、自分はおかしいのか。そう疑問に思った絢斗だが、すぐにその状態が自分だけではないことを知る。  大誠もハーフパンツと下着をずらすと、絢斗よりも一回りも大きいペニスが、真上を向いて勃起していた。しかも周りの毛は、絢斗よりも濃く太い。  大誠は自分と絢斗のペニス二本をいっしょに握り、強く擦り出した。 「あっ…ああ…」 「気持ちいい? 気持ちいいやろ、絢斗」  立っているのが辛い。少しでも気を抜くと、その場に膝をついてしまいそうだ。そのうち絢斗は、別の感覚に襲われた。 「な…何これ…お、おしっこ…出そう」  泣きそうな声で訴えるが、大誠は手の動きを止めるどころか更に強めた。 「それ、おしっこちゃうで。いいから我慢せんと出してみ」  他人にペニスを握られたままの放尿は恥ずかしい。だが、それよりももっと恥ずかしいことが起こりそうな気がする。大誠のTシャツにしがみついて堪えるが、大誠はまた舌を入れてキスをしてきた。力が抜けてしまった絢斗は、先端から濃い白濁を吐き出した。土の上に落ちる白い跡を直視できない。これは何。俺のチンチンから、何が出てきたん? 「俺も出すから、見てて」  大誠は少し体を反らすと、右手でペニスを勢いよく擦った。 「んっ…、んんっ」  小さいうめき声の後、ピュッ、ピュッ、ピュッと三回に分けて白い液体を出す。足で砂を蹴って白い跡を隠した。服をなおし、公園を後にした。すれ違う人々は、まさかこの少年たちが先ほどまで情事に興じていたなど思いもよらないだろう。  その後は、二人ともそれぞれの家に帰ったが、何を話したのか覚えていない。ただ、明後日は両親が家にいないから、うちに遊びにおいでと大誠に言われたことが、絢斗にとってがんじがらめの鎖に囚われたようなものだった。

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