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第45話
袋の裏や会陰部も、丁寧になめ回したり舌を押しつけたりする。同じ男だから、経験の浅い絢斗でもどこを刺激すればいいのかがわかる。特に哲司は会陰部を触られるのが好きみたいだ。
「そんなに気持ちいい?」
と絢斗が聞くと、哲司は二、三度呼吸を整えて答える。
「今までの女とか、風俗嬢にもやってもらったことないで」
風俗嬢にとっては客の喜ぶポイントを抑え、とっとと射精してもらうのが楽なため、アヌス周辺を狙ったり前立腺マッサージなどを施したりもするが、性感染症の危険性やあるいはただ単に好きでもない人の肛門周辺は受けつけないという理由で触ってもくれない人が多いのも事実だ。哲司には未知の領域だった。
四つん這いの哲司に、というより哲司の肛門に、絢斗が問いかける。
「てっちゃん、今まで何人と付き合ったん? そんなに人数多いん? てか、風俗とか行ったことあるん?」
背中のえべっさんが汗をかく。
「い、いや…そりゃお前〜…いくら俺がモテんからって、少々付き合ったことはあるし…。それに風俗も…兄貴分に連れられてソープとかヘルスとか…セクキャバとか…。あ、で、でも、俺ひとりで自主的にに行ったことなねんで!」
こんなことで嘘をつかない男であることは、絢斗も知っている。哲司は自分より何年も歳上だ。過去にいろいろあったっていい。ただ、かつてその不器用そうに見える手がほかの女を抱きしめ、その柔らかい唇がほかの女の唇や乳首に吸いつき、哲司のペニスがほかの女の膣に入ったと想像すると、対抗心が芽生えてくる。そんな絢斗の唯一の優越感は、哲司のアヌスをなめたこと、だ。
「…てっちゃん、不問にしたるから、俺の言うこと聞いて」
「な、何や? 俺にできることやったら何でもええで」
「ほんま?」
「ああ、男に二言は無い」
かつて聞いたセリフに安心し、指の腹でそっと哲司のアヌスを撫でてから絢斗は言った。
「…ここに俺の…挿れさせて」
「はあ?」
首をこちらに向けてそう言った哲司だが、背中のえべっさんが笑顔で聞き返したように思えた。
「やらせて、お願い。優しくするから。てっちゃんのこと好きやから。大好きなてっちゃんと一つになりたい」
うーん、と唸るえべっさん、もとい、哲司。よし! という気合の入った声が聞こえる。
「やってくれ。俺も相手が絢斗やったら構わん。好きにしてくれ」
「ええの?」
「男に二言はないて言うたやろ」
哲司は枕の下から、ローションのボトルとコンドームの袋を取り出して絢斗によこした。その用意のよさに、絢斗は驚く。一瞬、ほかの誰かに使うのかもと疑いかけたが、哲司は今日、絢斗に会いに高校まで来てくれた。その流れからこうなることは予測していたのだろう。もし今日何もなかったとしても、長い付き合いのうちに必ず体を重ねる日が来ると、そう予想していたのだ。絢斗はローションのボトルを開けると中の液体を手のひらに出した。ひんやり冷たい。これが直接敏感な部分に触れると、冷たさに哲司が飛び上がるだろうと、両手を重ねて体温で温めた。
「それ買うの、めっちゃ恥ずかしかってんで」
「スケベな店行ったん?」
「ちゃう、三宮の薬店や」
繁華街に近い薬店では、風俗店必須のローションや海綿、消毒液などを多数取り揃えている。風俗嬢御用達なのだ。
温まったローションをまとった指が、菊の蕾をほぐす。まずは一本。人差し指がするりと入る。
「あふっ…」
吐息が混じる艶っぽい声に、絢斗のペニスが反応する。萎えかけて皮に覆われ始めた亀頭が、むくっと顔を出す。
人差し指は哲司の前立腺あたりを執拗に刺激する。哲司の亀頭から透明なしずくが垂れ、シーツに向かって糸を引く。
今度は中指も入れてみた。少し抵抗はあったものの、中でじっとしていると周囲の筋肉の緊張もほぐれ、指がスムーズに動くようになった。
哲司はたまらず声をあげる。
「あはぁーっ! いい…そこっ!」
哲司が自分の指で反応してくれてる。そんな嬉しさに絢斗は出し入れする指のスピードを上げた。できれば早く、自分のペニスでこんな風に感じさせてあげたい。
ローションを足し、穴に入れる指を薬指まで追加してみた。看護師になると決めたときから、清潔感を保つため常に爪を短くするように心がけていたのがよかった。哲司を傷つけずにすむ。
さすがに三本は入りづらい。ゆっくり回転するように優しくねじこみ、哲司の様子を見る。背中のえべっさんは、まるで海に落ちたみたいに汗だくだ。
苦しさと快感のいり混じった嬌声に、絢斗は我慢ができなくなる。後ろから背中に覆いかぶさり、さらに緊張をほぐすため絢斗は哲司の肩にキスをした。青い渦巻きの入れ墨。海の波を表現したそれは、哲司の汗で海と同じしょっぱい味がした。反対の荒波にもキスをする。脊髄に舌をはわせる。えべっさんの頭巾、えべっさんの顔――はさすがに避けたが。鯛や小判にも、絢斗はキスを落とした。間近で見るととても緻密で繊細な絵だ。若い哲司を怒鳴り飛ばしたという熟練彫り師の腕前がよくわかる。その頑固爺も震災で亡くなった。哲司たち世話になった者は皆、惜しい職人を亡くしたと悲しんだだろう。
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