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第48話
時は過ぎて21世紀。震災の直後から爆発的に普及した携帯電話はスマートフォンに移行してゆき、カメラはフィルムからデジタルが主流に、ビデオテープはDVDに変わった。
平成23年、季節は春爛漫。総合スーパーの駐車場。
「てっちゃん、今どこ?」
《おう、浜の方のホームセンターや。簡易トイレやら水やら買いそろえたとこやで》
「俺も一週間分の食料買うたから、今から向かうわ。荒井さんも俺の車でいっしょに行くから」
三月十一日、東日本大震災が起きた。津波も引き起こし、阪神淡路大震災を越える甚大な被害だった。
絢斗は喜美子とともに仮設住宅から市内のマンションに引っ越したが、看護専門学校を出たときに哲司の部屋に転がりこんで同棲生活を始めた。喜美子にも思い切って哲司との関係を打ち明けた。最初は驚いた喜美子だったが、哲司の人柄のよさを知っているため、理解してくれた。三十路を過ぎた絢斗は西宮市内の大きな病院で看護師として勤務していて、十年以上のベテランだ。
同棲を始めたころから二人は都合がつけば災害時にボランティア活動をしている。絢斗は看護師として、哲司は炊き出しや瓦礫の撤去や家具の運び出しなどの力仕事。今回もボランティアの登録をしていて要請があったため、荒井も加わって三人で宮城県に向かう。
「宇宙 くん、来年は高校受験でしょ? 早いなあ」
助手席で、困った顔の荒井がうなずく。
「ああ。俺の影響でミリオタになってもうて、嫁はんに「エアガン欲しいとか言われて困る」って俺が怒られるねん」
後に生まれた妹である小学五年生の女の子も、父親のエアガンを触りたがって困っているという。
「嫁は女の子やからって、やたら着せ替え人形とかを買うて遊ばせるねんけどな。ほら、あいつガキんとき虐待されとって、おもちゃの一つも買うてもらえんかったらしいから」
小さいが西宮市内に建売住宅を買い、一家四人で住んでいる。リカは子供たちと家で留守番だが、ただ待っているだけではない。PTAや町内会に呼びかけ、被災地に紙オムツや生理用品を送る運動をしている。自身も避難生活で生理用品に困った経験があり、他人事ではないと立ち上がった。
「子供さんにもやけど、久しぶりにリカさんにも会いたいなあ」
「やめとけやめとけ、今はもう太ってな、昔の面影あれへんで」
そう言いつつも荒井はスマートフォンの画像を見せる。入学式や卒業式、正月に家族全員で撮ったものだ。少しふっくらしたリカは金髪ではなくダークブラウンの髪で、爪にはマニキュアもなく控えめの化粧だ。かなり落ち着いた印象になったが、面影が無いという夫の言葉に反して今でも美人だ。どの画像を見ても明るい笑顔で、幸せであることがうかがえる。“ケンちゃん”と呼ぶ明るい声が聞こえてきそうだ。
画面に通知が表示される。
「お、江田さんからメールや」
現在、江田は東京に住んでいる。紙芝居から飛び出したヒーロー『ミラクルマン』のアニメは長期間に渡ってアニメ化され、映画化もされた。一流漫画家の仲間入りをした江田は『ミラクルマン基金』を設立し、災害時の寄付に役立てている。
「東京から岩手に行くんやて。会われへんのが残念やな」
江田は復旧作業の手伝いのほか、被災地に『ミラクルマン』の絵本や単行本を寄贈すると言う。
「荒井さん、江田さんに作業は重労働やから体に気いつけてって言うてあげて。それと、避難所は風邪やインフルエンザ移りやすいから、それも気いつけてって」
「さすが看護師。ま、あの人は一週間かそこら風呂入らんでも平気なぐらいたくましいとこあるからな」
豪快に笑い飛ばし、荒井はシートベルトを締めた。
「さあ、恩返しに出発や! ボヤボヤしてたら、加賀谷さんが待ちぼうけくうで」
絢斗はアクセルを踏んだ。春爛漫の関西だが、被災地は目を覆いたくなるような光景だろう。その地に、わずかでも福を届けたい。一番でなくていい、残り福でいい。再会してから絢斗と哲司は、毎年福男選びに参加している。神さんは、来た人みんなに平等に福をくれるんやで、背中にえべっさんを背負った福男を連れてるんやからな。絢斗は「よっしゃ!」とひとこと気合を入れると、東北に向かって走り出した。
――完――
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