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9 side山 隣のアイツ

 隣の301号室に、隠岐が入ってきたと言うのはすぐに解った。荷物を運んでいるのだろう音が、ドアの向こうから聞こえてきたからだ。  渡瀬たちは手伝いを買って出たようだが、俺は手助けする気はなかった。薄情と言われても関係ない。(渡瀬は言わなかったが)特に用事があったわけでもなかったが、部屋に閉じ籠っていた。 (今日は配信もないし。……まさかバーベキュー参加しないよな)  参加しないよな。という思考とは裏腹に、参加するのだろうな。という思いが頭をよぎる。調子の良い男だし、俺と違って付き合いも良い。早速参加して寮の中でも目立つ存在になるのだろう。  渡瀬が「アイドルみたい」という隠岐の容姿は、単純に顔のことを言っているわけではないのだろう。どこか人を惹き付ける魅力がある。好かれる雰囲気がある。だから寮に入ったら、きっとたちまち人気者になる。 「チッ……」  自分には関係ない。関り合いにならなければ良い。それだけなのに、妙にモヤモヤしてしかたなかった。    ◆   ◆   ◆  洗濯を仕掛けて、ラウンジに向かう。今日は土曜日なので食堂はやっていない。その上、うたた寝をしてしまったせいで門限になってしまった。晩飯にはだいぶ遅いが、ラウンジに設置されているカップラーメンの自動販売機を利用するつもりだった。  一階まで降りたところで、スマートフォン片手にウロウロしている隠岐を見つけてしまった。 (何やってんだ……?)  気になったものの、話しかけるつもりはなく、目が合わないようにしながらラウンジへ向かう。だが、人気が他にない場所にポツンと佇む姿に、溜め息を吐いて仕方がなしに声をかけた。 「おい、隠岐」 「ひゃ!? あっ、榎井! 今日から入寮したんだ、よろしく」 「何やってんだ」  よろしくという言葉には返事をせず、眉をひそめて隠岐を見下ろす。社員証とサイフ、スマートフォンだけを持っていた。 「ああ、コンビニ行きたかったんだけど、ドアが開かなくて」 「ああ? もう門限だから、鍵はオートロックで閉まってるぞ」 「えっ! そうなの!?」 「五分前に門限になったぞ。良かったな、外に出てなくて」  外に出ていたら、今日は入れなかっただろう。まあ、それでも構わないが。駅に行けばまんが喫茶もあるし、サウナもある。隠岐ならもっと楽しいところもあるだろう。無断外泊を初日からやっていたら、かなり目立っていたはずだが。 「マジか。うっかりして夕飯買い忘れてさ……」  ハァと息を吐く隠岐に、俺は鼻を鳴らして無言でラウンジを指差す。 「ん?」 「こっち。俺もこれ」  ラウンジの奥に入り、カップラーメンの自動販売機の前へ連れてくる。 「えー。カップラーメン? 自販機? スゲー!」 「お湯はこれ」  独身男子寮なので、自炊する奴は少数派だ。コンビニや外食も多いが、寮内にはこうした便利なものもあったりする。共同の冷蔵庫には誰かが置いていったマヨネーズやソースなどの調味料もあるし、たまに自炊が好きなヤツのおすそ分けが入っていたりする。  隠岐は初めて見るらしいカップラーメンの自動販売機に、興味津々のようだった。 「榎井は何にするの?」 「俺は――カレーだな」  少し迷って、カレー味に決める。決済のためにスマートフォンをかざそうとするのを、隠岐が遮った。 「待って」 「あ?」  隠岐は横から硬貨を投入し、カレー味のカップラーメンのボタンを押した。取り出し口からカップラーメンを取り出すと、目の前に差し出してくる。 「え?」 「はい、引越蕎麦」 「――どう、も」  戸惑いながらカップラーメンを受け取る。隠岐は悩みながら、自分にはシーフードを選んだ。 (……)  引越蕎麦。たしかに、ヌードルだって蕎麦みたいなもんだし。  無言でお湯を注ぎ、備え付けの割り箸を手に取る。隠岐も見よう見まねで同じように湯を注いだ。 「今日は食いっぱぐれるかと」 「誰かは食いもん持ってるよ」  つい反応して、返事をするつもりはなかったのにと、口許を押さえる。 「ちょっとたかれないな」 「そうか」  素っ気なくそう言い、「じゃあ」と横を通り抜ける。馴れ合うつもりはないのだ。 「あっ、榎井」 「……」  呼び止められ。顔をしかめる。 「これから、よろしく」 「……ああ」  返事を曖昧に返し、俺はカップラーメンを片手に階段を登った。後ろから、隠岐が着いてくる気配がした。 (馴れ合う気、ない)  言い聞かせるようにそう心に呟く。  引越蕎麦だと、カップラーメンを渡してきた隠岐が、可愛いと思ったのは、気の間違いなんだから。

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