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12 side海 食堂にて一息。
パクリ。揚げたてのコロッケにかじりつく。ホクホクのじゃがいもを使ったコロッケの中には、細かく刻んだニンジンやひき肉、玉ねぎが入っているようだ。専属の栄養士がレシピを開発していると言うだけあって、夕暮れ寮のメニューは栄養面で考えられているし、何よりも美味しい。ついでに言うと会社の福利厚生なので、安い。
夕暮れ寮の食堂の片隅で、A定食なる夕食にありつき、一人食事中だ。ピーク時間を過ぎているせいで、食事を取っているひとはそう多くない。入寮してからようやく、ここでの生活にも慣れて来た。寮と聞いて最初は共同生活が苦手だと躊躇していたが、思ったより他人と干渉することはなかった。ただ、生活しているスペースに知り合いがいるだけだ。その知り合いも、全体で考えればそれほど多くない。もともとの知人ならいざ知らず、見知らぬ会社の人間は特に話しかけてくることもないので、息苦しさを感じることはなかった。結果として、俺にとって寮生活は案外悪いことではなかったようだ。結局、人とどう付き合うかは何処にいても個人の資質によって変わるのかもしれない。
(美味しいのは良いんだけど、つい食べ過ぎちゃうんだよなぁ)
我ながら贅沢な悩みだ。いつもはおにぎり一つとか、そのくらいで済ませているので、メインのコロッケに惣菜、みそ汁が付いた定食は、明らかに多い。成人男性の夕飯としては普通のはずだが。
(食いすぎると声が出ないのに)
腹一杯だと声が乗らないので、録画前に飯を食いたくはなかったが、食堂の利用時間を考えると先に食うしかない。どのみち遅い時間に食えば太るし、太ればまた声が乗らなくなるので、一番良いのは早い時間に少なめの飯を食うことだ。
だが、エンジニアという職業柄、早い時間に帰れることは少なく、ついでに食堂がコンビニより近くて安くて美味いので、今のところ抗えていない。そして悩みがこんなささやかな「食べ過ぎる」という点以外ないくらいに、動画撮影作業は順調だった。隣人である榎井からうるさいとクレームが来ることはない。多分だが、吸音材が良い働きをしてくれているのだろう。
最後の一口を飲み込んで、美味しそうなレアチーズケーキを横目に見る。デザートまで行っては行けないと、すっかり食べてしまった皿の前で唸っていると、今帰ってきたのかスーツ姿の渡瀬がやって来た。俺の姿に気がついて、片手を上げて近づいてくる。
「おお、隠岐。今終わり?」
「うん。遅いね?」
「そーなの、外回りでさ。まあ、飲みに連れてかれなかったから良いけど」
言いながら渡瀬はすぐ隣に席を取る。なんとなくすぐ立つのは失礼な気がして、既に食事は終わっていたがそのまま待つ。渡瀬は残っているメニューから軽めのものをチョイスし、テーブルに置いた。
「そっちは、やっぱ遅いの?」
「まあまあ。月末とか繁忙期はメチャクチャ遅いけど」
「だよな。榎井もそんな感じだし」
サラダを口に運びながら渡瀬は頷く。少し会話をしたら、「お先」と言って席を立とうと、タイミングを計る。こういう間合いは苦手だ。
「あ、そういや」
いざ咳を立とうと言うところで、話を振られ、浮かせかけた腰を椅子におろす。帰ろうと思ったのに。という面倒臭さを顔に出さないようにしながら、作り笑いを浮かべた。
「ん? なに?」
「同期会やろうっていってんの。寮組で」
「同期会?」
「そ。せっかく隠岐が寮組になったから、歓迎会みたいな?」
まあ飲みたいだけだけど。そう言って渡瀬が笑う。
正直に言えば、飲みの席は苦手だったし、動画を撮影する時間が惜しかった。けど、俺を歓迎してくれるというのが嬉しくもあったし、なにより先日、バーベキューに参加しなかったのを後悔したばかりだった。
「マジで? 悪いな、なんか」
社交辞令半分、本音半分にそう返すと、渡瀬は人懐っこい顔で笑って見せる。
「良いんだよ。じゃあ、日程決まったらまた連絡するから。ダメな時は調整するから」
「ああ。楽しみにしとく」
素直に口から出たことに、自分でも驚く。俺は、楽しみなんだろうか。少しだけ、ドキドキしてきた。今までの俺に、なかった感情だ。
渡瀬に別れを告げて席を立つ。部屋に戻ってからも、しばらくの間、不思議な動悸が止まらなかった。
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