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13 side山 何も知らない。
ベッドに寝っ転がりながらスマートフォンを操作する。時刻は二十二時を回っていて、先ほど寮に帰ってきたばかりという所だった。この時間になると既に食堂は開いていない。食堂は営業時間が二十時までで終了だ。残業をして帰った夜は、大抵おにぎりとみそ汁。またはカップラーメンにお世話になる。なお、営業が終わった後もごはんが残っている場合はおにぎりが置かれていることがある。こちらはサービス品だが、食欲旺盛な若手が持って行ってしまう場合がほとんどで、今日も俺の口に入ることはなかった。
「はぁ、疲れた……」
ため息を吐き出し、画面をスワイプする。俺の日課はSNSで投稿したイラストの反応を見たり、マリナちゃんの投稿や評判を確認することだ。マリナちゃんの人気はじわじわと控えめなもので、ネットに何か書かれることは稀だ。それ故に、マリナちゃんのファンから俺は「マリナちゃんの絵を良く描く人」「サムネ絵師」「ヤマダさん」と、比較的認識されているため、交流することもままある。こうした活動を通して交流が生まれるのも嬉しい副産物だと思う。マリナちゃんを推すもの同士、あの動画が良かったとか、今回は面白いとか、そういう話をするのが楽しくて仕方がない。
マリナちゃんの投稿を見て、最新の動画があがっているのを確認する。今日は残業で疲れていたが、これだけは視聴して高評価を押さなければ。そう思いながらマリナちゃんの他の投稿をチェックしていると、彼女が欲しいものリストを公開していた。
「おっ」
先日依頼した通り、欲しいものリストを公開してくれたようだ。アドレスにアクセスし、リストを確認する。
「えーっと、ラベンダーティー500mペットボトル24本入り……ボイスケアのど飴、チョコバナナ味キャンディ」
どの「欲しいもの」も控えめなものだ。お茶も飴も、実況をしているから欲しいのだろう。もっとマイクとか配信機材とか、思い切ったものを「欲しい!」と言ってもらいたい気持ちもあったが、これらも役に立つものには違いない。一番高いラベンダーティーをタップし、カートに入れる。これでマリナちゃんに貢ぐことが出来る。
満足して今度は動画を視聴しようと、動画アプリを起動させようとしたところで、メッセージが通知された。渡瀬からだ。
「あ?」
何だろうとメッセージを開く。
『同期会のお知らせ。隠岐の歓迎会やります。14日か21日。都合が悪い奴は返信すること。※全員参加』
「――」
強制的な飲み会の誘いに、顔を顰める。渡瀬たち同期組との飲み会は嫌いじゃない。むしろ楽しいと思える。だが今回は、隠岐の歓迎会だ。つまりどうあがいても隠岐は参加する。
(別に歓迎なんかしてないのに)
歓迎していないのに歓迎会を開くなんて、ちょっとおかしいじゃないか。そう言いたかったが、渡瀬の言い分も解る。寮に住む同期四人が『同期組』と称して飲み会を開催しているのに、一度も誘わずにいるのはイジメみたいだ。最低でも一度は誘うべきだろう。その後のことは解らない。同期の飲み会がつまらないものになるかもしれないし、隠岐が参加しないかも知れない。もしかしたら俺が参加しなくなる可能性もある。いずれにしても、一度はやるべきことだ。
「……」
ハァ、と溜め息を吐き、メッセージを返信する。途端に、渡瀬たちとの付き合いがつまらないものになりそうで嫌だった。渡瀬、良輔、星嶋の三人には気を遣わないし、オタク全開でいても別に嫌な気分にならない。だけど、隠岐は違うだろう。そう考えるだけで気鬱だ。
(マリナちゃんの話をして、彼女が否定されるのは絶対に嫌だ)
隠岐には、絶対にマリナちゃんのことを言わないようにしなければ。どうせ隠岐は「この動画を観てくれ」なんて言っても、観てくれるはずないし。布教相手にはなり得ない。
「……いつでも、良い。と……」
メッセージを記入し、送信を押す。続けて良輔と星嶋の方からも返信があった。
(同期会か……)
どんな会話をすればいいのか、どんな顔をすればいいのか、いまだに良く分からない。隠岐とは同じ職場で、五年も過ごしているのに。変な感じだ。
俺は隠岐に興味もないけれど、同時に彼のことを、何も知らないのだと思った。
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