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18 side海 自分の居場所

 部屋に帰るなり、俺は持ってきた大荷物を床に置いた。ずしりと重い荷物は、外箱のせいで開けなくとも中身が解る。 (本当に、贈ってくれたんだ……)  欲しい物リストを公開してほしいと言われて、半信半疑で公開したが、本当に贈ってくれるとは。  顔が熱いのは酒のせいだけじゃない。嬉しくて、興奮していた。 (送り主は……匿名か。解らないや)  視聴者の誰かが贈ったのは解っているが、誰だろうか。ヤマダも贈ったとSNSに投稿していたから、ヤマダかもしれない。他にも登録していた飴がリストから消えていたので、そのうち届くのだう。 「うーっ、嬉しいっ。頑張れちゃう!」  ぎゅっと段ボールを抱きしめる。物ももちろん、嬉しいし助かるが、何よりも気持ちが嬉しい。頑張っている姿を認めて貰えたように思えるし、愛情を形で示して貰えたようでもある。 (これが当たり前にならないよう、感謝を忘れないようにしよう)  今日のこの感激を、忘れないようにしたい。  そう思ったら、どうしても配信をしたくなった。感謝の気持ちを、みんなに伝えたい。 (でも、今日は飲んでるし……)  酔っている勢いで配信なんて、ろくなことにならない気がする。けれど、どうしてもみんなに報告したくて、逢いたくて、うずうずしてしまう。俺にとって天海マリナという存在は、仮想世界だがリアルでもある。画面の向こう側にいるみんなと繋がっている感覚は、言葉では言い表せない感覚だ。  俺は段ボールを腕から離すと、パソコンの前に立った。俺の配信用のパソコンは、ゲーミング用の大型パソコンだ。今どきのコンパクトでスマートなパソコンとはものが違う。多分このパソコン環境を見ただけでも、俺が何をしているのか解る人には解るだろう。そういう類のものだ。  パソコンの電源を入れ、椅子に座る。画面が起動するとすぐに配信ソフトを立ち上げ、マイクの電源を入れた。もう慣れた手順で配信の準備を整えると、SNSに向けて『今から配信します。雑談放送』と投稿する。数秒経って『いいね』とともに『今から配信?』『観に行きます』と常連のメンバーたちがコメントを付けてくれる。  ボイスチェンジャーの準備よし。ミキサーよし。配信画面にはマリナの立ち絵を表示させておく。配信ボタンをオンにすると、すぐにアクセスがあった。突然配信を始めたというのに、すぐに十人程度の人が集まってくる。大抵は、ある程度お知らせを見てやって来る人のために、五分程度待つのが常だ。昔は配信をしてもニ、三人しか来ないのもざらだった。今は安定して数十名の人が観に来てくれる。最高では六十人くらいの人が来てくれたこともある。  もちろん、まったく多い数字ではないけれど。けど、ここにいる人たちはみんな、『天海マリナ』が好きな人たちだから。  マイクミュートを解除して、声をマイクに載せる。唇から発した音がボイスチェンジャーによって変換され、マリナの声になる。声を吹き込むのは、命を吹き込むことだ。俺はこの瞬間、天海マリナになる。 「こんばんはー」  俺の声に、チャットが流れる。 <こんばんはー> <こんー> <マリナちゃんこんばんは~>  見慣れたアイコンが次々と挨拶するのを眺めながら、スゥっと息を吸い込んだ。 「ちょっと予定になかったんですが、配信しますね。今日ちょっと飲んでるんで声がいまいちなんだけど」 <マリナちゃん飲んでるんだ> <何飲んだの?> <確かに声がいつもと違うw> 「何飲んだか? 今日はね~。ビール。ビールばっか」  渡瀬たちは焼酎を飲んでいたし、榎井は日本酒を飲んでいたが、俺は結局ビールばかり飲んでいた。別に焼酎や日本酒が嫌いなわけではないが、やっぱりビールの方が美味しいと思える。日本酒に限っては少し苦手だ。 <俺は今、梅酒っす> <わたしコーヒー>  何故か飲み物を言う流れになって、みんな次々と自分の飲んでいる飲み物を晒していく。なんとなく、みんなで交流するようなこの空間が嫌いじゃない。大手のストリーマーなどは視聴者が自分のことを書き込むのを嫌う人も居るが、俺はみんなのことを知りたかった。 「みんな色々だね。おお、ウイスキー。私、ウイスキーはちょっと飲めないな。そうそう、飲み物と言えばね……」  手元にラベンダーティーを引き寄せ、キャップを開ける。 「届きました! 視聴者さんから引っ越し祝い! ラベンダーティーです。ちょっと飲もう。喉渇いた」  酒ばかり飲んでいると、どうしても喉が渇く。ペットボトルに唇をつけ、ぐいっと一口飲んだ。澄んだお茶の風味とともに、ラベンダーの香りが広がる。 <ラベンダーティーって気になる> <それ俺ですね。どうぞ飲んでください> <ラベンダーなの?>  コメントに、購入者が名乗りを上げる。どうやら、ヤマダが購入してくれたものだったらしい。 「あっ、ヤマダさん。ありがとう~! 嬉しいです! これね、ラベンダーっていうか緑茶なの。ラベンダー風味。スッキリして美味しいよ~」  このラベンダーティー、先輩の北海道土産で貰ったのだが(出張先で買って、飲まなかっただけらしいが)案外美味しくて自分でも買いたかったのだ。だが、面倒臭さと24本も来るんだよな、という感情が先立って、通販まではしなかった。せっかくなので欲しいものリストに登録したというわけだ。 「もう本当に、感謝しかないですよ。みんなには。愛を伝えたい!」 <伝えてくれて良いのよ?> <おれもマリナたん好き……///> <よせよ、照れるだろ>  みんなのコメントを見ながら、思わずニコニコと顔が緩む。そのうち、誰かが<マリナちゃんに好きだよって言って欲しい>なんて恥ずかしいことを言い出す。いつもなら絶対にそんな言葉に乗らないのに、酒に酔っていたせいか思わずマイクに向かって言ってしまった。 「みんな……好きだよ」  発言と同時に、コメントが一気に流れる。言ってから、恥ずかしくて耳まで真っ赤になってしまった。 「何これ恥ずかしっ! ダメだ、配信切る!」 <切らないで~> <可愛かった> <ありがとうございます> 「いやもー、ダメだ。ホントダメ」 <アーカイブ残りますか?> 「……」  アーカイブ。生放送なので、今観ていない人のために、通常はアーカイブを残している。だが、残さないことも可能だ。  完全な黒歴史な気がするけれど、コレの趣旨は『引っ越し祝いのお礼』である。 「――残します……」 <良かった~> <録画している俺に死角はない> 「いやー、もうマジでヤダー。恥ずかし過ぎる!」 <セリフ書くから読んでもらえる?> <今度セリフ読み配信しましょう。需要は……ある> 「需要なんかないから!」  だんだんと調子が載って来たらしいみんなのコメントに、赤面しながら手で顔を仰ぐ。酒のせいもあって、体中熱かった。 「いや、まあね? 私も演劇部出身ではあるんだけど」 <そうなの?> <初耳> <大昔配信で言ってたね。あがり症克服したくて入ってたって>  古参の視聴者が覚えていたらしくそうコメントする。そうなのだ。こう見えて、演劇部出身なのだ。高校の時の部活動で、裏方希望だったのに「あがり症克服したいなら舞台に立ちなさいよ! 隠岐くん顔は良いし!」と謎の誉め言葉とともに、入部した当時の部長に無理やり舞台に立たされたのである。まあ、酷い吐き気で、本当に大変な目に遭ったんだが。 (舞台に立ったのも、あの一回だし……)  県の演劇大会に出場するとなって、なんとか舞台に立ったものの――。部活のメンバーの前ではなんとか言えたセリフが、袖に立った途端に真っ白になってしまって。動揺して、吐き気が酷くてトイレに逃げ込んで、部員のメンバーたちに申し訳なくて泣きじゃくって閉じこもってしまった。はっきりいって、黒歴史もいいところだ。 (まあ、結局はなんとか立てたんだけど)  あの時、舞台に立ててなかったら、たぶん今も配信なんてやろうと思っていない。少しだけ、もしかしたらちょっとだけ、何とかなるんじゃないかって。そう思えるのは、その時の経験だろう。 『一年なんだろ? 完璧なんか期待してねーって。人の目ばかり気にして、楽しめなかったら損じゃん。舞台に立たない後悔より、舞台に立って失敗した後悔のほうが、ずっとマシだと思うぞ?』  見ず知らずの人が、トイレで泣いていた俺に、そう言ってくれた。ドア越しだったから、顔も見なかった。だから参加していた生徒なのか、どこかの先生なのか解らない。その言葉に背中を押されて、泣きながら舞台に立った。結果はさんざんだったけど、あの時のことは恥ずかしいが良い思い出でもある。  演劇部の先輩たちはみんな遠方の大学に行ったり、東京の方に就職したりして、今じゃ逢うこともないけど、ずっと仲が良かった。アニメもゲームも漫画も、みんなに教えてもらった。あの頃は、宝物だと思う。  まあ、だからと言って、配信でセリフ読みなんて、絶対に出来ないけど。 「もう、みんなふざけすぎだよ!」  そう言って、俺は画面の向こうにいるみんなに向かって、笑って見せた。

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