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17話 side山 俺は動じない
俺は、動じない。そんなことで揺らがない。
『そんなことないよ! マジで上手かった! あのポスター貰っていきたかったくらいだし、色使いとかタッチとかめっちゃ丁寧で』
キラキラした瞳で。紅潮した頬で。瑞々しい唇で。
そんなことを言われても、動揺したりしない。
あれは隠岐の処世術だし、お世辞だし、社交辞令だ。あんな風に褒めて、他人の懐に入り込むんだ。詐欺師みたいなヤツなんだ。
「……井」
だから俺は、そんなことで揺らがないし、揺るがない。本気で言っているように見えるのも、気のせいだ。
「おい榎井、お前どこに行くんだ」
襟首を星嶋に捕まれ、ハッとする。ボンヤリしたまま、みんなとは逆の方向に歩いていたらしい。
「会社行くきかー?」
渡瀬が揶揄する。
「大丈夫? 酔った?」
「――平気だ」
心配する良輔にそう返し、足の方向を変える。隠岐がどんな顔をしているのか、なぜか見られなかった。
◆ ◆ ◆
それから俺は、なんとなく隠岐を避けて、星嶋の隣を歩き始めた。不自然だったかも知れないが、仕方がない。
「お前アイドルとかも詳しいのか?」
「まあまあ。流行りのくらいは」
「最近、『ユムノス』っての聴いてるんだよ」
「ガチガチのJPOPじゃん。どうした」
星嶋の発言に、驚いてしまう。俺もそんなに詳しくはないが、メンズアイドルグループである。星嶋のイメージじゃない。星嶋は確か洋楽のヒップホップとかEDMとかを良く聞いていた気がする。ジャンルが違い過ぎる。
「上遠野が好きなんだよ。プレイリスト共有してるから」
「はぁ。あの人そういうの好きなんだ。あの人こそアイドルなれそうだけど」
プレイリスト共有って、カップルプランにでも入ってるのかよ。ツッコミたかったが、取り敢えずスルーしておく。
星嶋と最近仲良くしている上遠野という男は、近寄りがたい雰囲気の寡黙な美人だ。その上遠野がアイドル好きというのはかなり意外だったが、星嶋と仲良くしているのも十分意外なので、そんなものだろうと納得しておく。
「上遠野はアイドルっぽくないだろ。美人だけど……。隠岐のがアイドルっぽいんじゃないか」
隠岐の名前を出され、ドキリと心臓が跳ねた。隠岐はと言えば、渡瀬と良輔に話を振られ、相槌を打っている。
「……まあ、外面良い方が、アイドル向きだよな」
「なんだそりゃ」
同意を得られなかったようだ。
なんとなく、背後を歩く隠岐の気配を気にしてしまう。隠岐は先ほどのキラキラした瞳に笑みを浮かべ笑っているのだろう。俺に言ったお世辞など、もう頭にないに違いない
やがて前方に、夕暮れ寮が見えてきた。まだ消灯前なので、ほとんどの部屋は明かりが点いている。エントランスに入ると、ラウンジやロビーには人影がまだあった。ぞろぞろと寮内に入ると、俺たちに気づいた藤宮が声を掛けて来た。
「なんだお前ら。四人揃って」
「藤宮さん。同期で飲みに行ってきたんですよ」
藤宮は掲示板の見直し作業を行っていたようだ。総務部で寮長とはいえ、雑用を帰ってからも率先して行う藤宮には、頭が上がらない。
「そりゃ良かったな。ああ、隠岐。お前宛に宅急便来てたぞ」
「宅急便?」
寮に届けられる宅急便などの荷物は、全て管理人室の前に集められる。どうやら不在の間に、荷物が届いていたらしい。まだ荷物を引き取っていないのは隠岐だけだったようで、管理人室の前にポツンと段ボールが置かれていた。
「台車使うなら消灯まえにな」
「はい」
そう言って荷物のもとに向かう隠岐を、なんとなく目で追う。どうやら飲み物らしい。
(ん……?)
ラベンダーティー500mペットボトル24本入り。
段ボールに印刷された文字に見覚えがあって、一瞬ギクリとした。
(え)
固まってしまった俺の横を通り抜け、隠岐が段ボールに近づく。持ち上げようとしてふらついていた。
「台車持ってこようか?」
「いや、また返しに来るの面倒だし、このまま運んじゃう」
良輔の申し出を断り、隠岐は大事そうに箱を抱えた。
「……」
(ラベンダーティー……)
流行ってるのか?
マリナちゃんが欲しいものリストに入れていたのは、まったく同じラベンダーティーだった。俺はラベンダーティーなるものを飲んだことがないし、コンビニでは見たことがないから、珍しいものを頼むものだと思っていたのだが……。
(そういえば、チョコバナナ……)
チョコバナナが好きだといった隠岐を思い出す。ドクン、心臓が鳴った。
(いや、まさか……)
まさか。そんなはずはない。
だって、隠岐だぞ。
『成人してんのにアニメキャラとか、マジキモいっすよね。てかヤバすぎ』
俺は今でも、あの時の隠岐を、覚えている。
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