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20 side海 救世主

 心臓が、バクバクする。多分、いきなり怒鳴られたからではなく。  俺の腕を掴んで、颯爽と連れ去っていく榎井の背中を見ながら、早くなる鼓動に胸を押さえる。  何だよこれ。少女漫画のヒーローみたいに。 (顔、熱い……)  路地に入ると、榎井はパッと俺の手を離した。俺は榎井の歩幅に合わせて早歩きをしたせいで、ゼェゼェと息を切らす。 「はぁ、はぁ……」 「何だ、運動不足か」 「まあ……」  何しろ、家と会社の往復しかしていない上に、寮にいる時は殆ど外に出ない生活だ。今日は久しぶりに外に出たのである。 「ふぅ……、助かった! しつこくて……」 「あの手の輩は口で言ったって無駄だ。強引に逃げた方が良い」 「うん……。本当、ありがとう」  あと少しで教材買うところだった。英語なら無駄にならないし。まあ、勉強している暇なんかないと思うんだけど。 (まあ、その時は『英語を勉強する枠』とか生放送してたかな……)  はは、とから笑いする俺に、榎井は呆れたようにため息を吐いた。その手元にバナナの紙袋があるのを見つけて「あ」と口にする。 「もしかして買った? チョコバナナ」 「え? ああ……。チョコバナナ二本とバナナジュース」  榎井が紙袋の中身を見せてくれる。 「おお、良いね。可愛い!」 「……お前は、ゲーマー長野の袋じゃん」 「あー。これ」  榎井が目を丸くする。見られたのが榎井で良かった。他の人だったら、「お前ゲームなんかやるのか?」とか聞かれてしまうし。そうなったら、返事に困る。まあ、「とびだそう! 動物たち!」とかだったら、何も言わないのかも知れないけど。 「コントローラー。今使ってるやつ調子悪くて」  中身を見せてみると、榎井が心底驚いた顔をする。 「お前ゲームなんかやるのかっ!?」  榎井の剣幕に、こっちのほうが驚いてしまう。 「あっ、ちょっ、あんま……」  大声過ぎてキョロキョロと周囲を見回す俺に、榎井は「あ」と口元を押さえる。どうやら近くに知り合いは居なさそうだ。榎井に会ったこともそうだが、案外知り合いに会うので気をつけなければならない。  本当ならネットで買うのが安全なのだが、通販では時間がかかると思って、中古の品を見に来たのだ。 「……ちょっと、ゲームのイメージがなくて……」 「あー、うん。まあ、普通にやるよ? すげー下手なんだけど……」 「いや、意外だった……。まあ、やるよな、普通に……」  榎井は納得したようなしないような、微妙な顔をした。俺はと言えば、榎井とこういう会話をする数少ない機会なので、少しばかり浮かれている。 「榎井は、今から帰り?」 「おう」 「じゃ、一緒に帰ろ。俺も帰るところだから」 「ああ……」 (これを機に少しは仲良くなりたいな!)  せっかく近所だし、先日は飲みに行ったし、仲良くなるチャンスだろう。横に並んで歩き始める。 「ちなみに、今は何やってんの?」 「えっ?」  そう聞かれ、『ステップラビリンス』を頭に思い浮かべる。実際に今現在プレイしているのは『ステップラビリンス』こと『ステラビ』なのだが、実況を撮っているタイトルだ。このゲームにした理由は、他にプレイしている人が居なかったからという単純明快な理由である。他になければ観に来る人が居るかもしれない。実際、少しは伸びたしイラストをよく書いてくれるヤマダも、『ステラビ』をやっている人が珍しくて観に来たと言っていた。 (『ステラビ』とか言ってもマイナーすぎて引くよな……。ここはメジャーなタイトルを無難に言った方が良さそう……)  今現在ではないが、少し前にプレイしていたタイトルなら問題ないだろう。 「マリオーニブラザーズだよ」 「あー。流行ったもんな」 「まだ流行ってるよ」  対戦プレイが熱いとかで、数か月前に流行ったのだ。今でも人気タイトルである。榎井は納得したような顔をした。 (そう言えば、『ステラビ』のあと何やろうか悩んでるんだよな……)  少しずつ攻略してきた『ステラビ』も、あと少しでクリアできる。そうなれば、次のゲームを探さなければならないが、これが困難を極めていた。面白くて、見ごたえがある難しさがあって、それほど動画化されていないタイトル。色々探してみたのだが、これといったタイトルが思いつかない。調べてみても既に人気ストリーマーが配信しているなど、タイトル選びに難航していた。 (視聴者のみんなに聞きたいけど、楽しみに待ってると思うから伏せたいんだよねえ……)  いつも観に来てくれているみんなの方が詳しいから、相談したい気持ちはあったが、内緒にしておきたい気持ちの方が強い。その方がサプライズみたいで楽しいから。そう思って、余計に難航だったのだ。 (もしかして、榎井って詳しいんじゃない?)  少なくとも、俺よりは知っていそうだ。そう思い、声を掛ける。 「なあ榎井、なにかおすすめのゲームとかある?」 「は? おすすめ?」 「うん。出来ればちょっとあんまり知られていないようなゲームで、面白いのが良いんだけど」  なんて、難題を出してみる。まあ、簡単に出てくれば世話がないのだが……。 「一人で遊ぶの? 対戦?」 「え? あー。一人だけど、オンラインマッチングとかは平気」  海外のゲームとかだろうか。最近はオンラインで対戦するゲームもたくさんあるから、知らないゲームもたくさんある。まあ、英語は読めないからできれば日本語のパッチくらいあると良いのだが。 「普段やってんのマリオーニだろ。コンシューマーが良いんじゃね?」 「まあ、操作はその方が……(俺下手だしね……)。でもメジャーなのばっかりでしょ?」 「FPS出来るなら『スター・トラジディ/オーバーナイト』。制作チームポシャって解散したからドマイナー。面白いよ。ストーリー楽しみたいなら『歪みの塔のアリス』あたりかな。六年前くらいにイシュトリルトンから出たゲームでオンラインモードはもうサービス終了してると思うけど、オフラインモードでシナリオモードがあって、こっちが泣きゲーで面白い」 「へー! ちょっと待ってね」  その場でスマートフォンを取り出し、検索を掛ける。調べると『スター・トラジディ/オーバーナイト』の方は「知る人ぞ知る伝説のゲーム『スター・トラジディ/オーバーナイト』を実況する」というタイトルが既にあった。『歪みの塔のアリス』はオンラインモードのプレイ動画がいくつかあったが、当時ネタバレ禁止だったらしくオフラインモードの方は動画がなかった。 (リリース三年後にネタバレ解禁されてる。動画もオッケーっポイ)  まだ残っている公式サイトを見れば、廉価版がダウンロード販売していた。モバイルゲームだったようだが、現在はパソコンでもプレイできるようだ。 (これだ!) 「ありがとう榎井! やってみる!」 「お、おう……」  家に帰って、さっそくダウンロードしよう。そう思ってウキウキと寮に帰る道すがら、榎井に「もしかして寮になじめてないのか?」と変な心配をされてしまった。

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