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21 side山 ガチ恋

『なあ榎井、なにかおすすめのゲームとかある?』  話題がなくて、聞いたわけではないらしい。 (何なんだ……)  隠岐が実はゲームを遊ぶ奴だと知って、動揺してしまった。まあ、ゲームくらいやる。そうだ。別に普通だ。今どき流行れば『一般人』だってゲーム機に飛びつくし、スマホゲームだってインストールしている。あのパリピでゲームなんか何十年も昔に卒業したような顔をしている先輩だって、スマホにゲームアプリぐらいインストールしているだろう。  だが隠岐は、少し違うようだった。  わざわざもう見向きもされなくなったようなゲームを教えてもらおうとして、実際に教えてみたらその場で買ったらしい。意味が分からない。  俺は顔を顰めて、壁を見る。壁一枚向こうの部屋は、隠岐の部屋だ。 (そう言えば、隠岐のやつ閉じこもってばっかだよな)  平日も休日も、寮の部屋から殆ど出てこない。何をしてるのかといえば、ゲームをしていたのか。何だそれは。  日がな一日テレビに向かって、ひたすらゲームをやっている姿を想像して、思わず「もしかして寮になじめてないのか?」と聞いてしまった。元々、寮に長いするつもりがないと言っていたし、寮の雰囲気に合わないのかと思った。俺が愛想悪くしていたのも良くなかったかもしれない。大人げなかった。そう思ったが、隠岐は 「いやー、逆に馴染みすぎちゃって、どうしようかと。寮便利だよね~」  と、間の抜けた顔をしたので、考え過ぎなのかもしれない。  とにかく、隠岐について新たに解ったのは、実はゲームを遊ぶヤツだったということだ。まあ、一部のゲームは市民権を得ているからな。これが可愛い女の子が出てくるような萌えゲームだったら、鼻で笑われるに違いない。そういうことだ。 「そ、そんなことよりチョコバナナの撮影しないとなっ」  可愛いチョコバナナを撮影して、参考にイラストを描くのだ。マリナちゃんがチョコバナナを食べているイラストを描いたら、きっとみんな喜ぶに違いない。  ◆   ◆   ◆  そうして、イラストの制作に取り掛かって二時間後……。 (やってしまった……)  マリナちゃんが大好きなチョコバナナを食べながら可愛くウインクしている姿を描くつもりだったのに。 (なんか卑猥な感じになった!!!!!)  そんなつもりなかったのに。まるでアレをアレしている感じに見えてくる。俺が汚れているのか。俺はそんな風に彼女を見ていたのか。 (いや、そんな、ちょっとは、あったけど)  天海マリナにのめり込んで以来の俺は、少しおかしいくらい彼女に嵌っている。寝る間も惜しんで放送を何度も見て、布教して、画面の前に張り付いて応援している。  多分、これは『ガチ恋』という奴。  マリナちゃんの一生懸命さや、ひたむきさ。ゲームや視聴者への向き合い方。そういう真摯な態度に胸を撃たれ、俺は『天海マリナ』を好きになった。  向こう側に居る人間が、本当のところはどんな人間なのか解らない。それなのに、『彼女』のことが気になって仕方がない。マリナちゃんはボイスチェンジャーで声を加工しているから、肉声もわからない。顔もイラストが一枚あるだけ。知っているのは、みんなの前に見せている『天海マリナ』という顔だけ。  それなのに――。 「……っ」  ディスプレイに手を伸ばし、自分で描いたマリナちゃんを見る。絶対に、届かない存在。触れる機会は、きっと永遠に訪れない。  それでも、俺は。  きっと彼女が喜ぶたびにともに喜び。哀しむときに一緒に泣くのだろう。

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