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30話 side海 ゆらゆら揺れる

 告白された。(されていない)  可愛いと褒められた。(服が)  パソコンの隙間から、榎井の方を盗み見る。仕事中の榎井はいつも通りで、澄ました顔をしていた。 (ガチ恋……)  比喩でなく、リアルに。俺を好きだって言うのか。 『ああやって頑張ってる姿みると、本当に元気になれるし、ひたむきなところとか、マジで良いんだよな……』  そう言った、榎井の横顔を思い出す。そうすると不思議と勇気が湧いて、胸が熱くなった。  ドクドクと脈打つ心臓が、嫌ではない。 (顔、あっつい……)  両手で頬を押さえ、ぎゅうっと瞳を閉じる。マリナを好きだと言ってくれるファンの子は少なからずいる。その中に、榎井も居るのだろう。マリナの見た目ではなく、行動を、頑張っている姿を、好きだという。  その『中身』というのは、俺のことで――。  認めてくれていたのが嬉しい。見ていてくれたのが嬉しい。好きだと言ってくれたのが、嬉しい。その言葉をくれたのが、ほかならぬ榎井なのが、嬉しいのだ。榎井は俺にとって、同期で友人で。同じ部では『出来る奴』に分類されている、尊敬できる男だ。その榎井が、好きだと言ってくれたのが、たまらなく嬉しい。 (見てて、くれたんだな……)  実感が後から、じわじわと湧いてくる。アネモネブラウンを聴いていた時には曖昧だったが、動画を隅々まで見てくれている。それが、ただただ嬉しい。頑張ろうという気持ちになれる。 (ああ、でも、中身が俺だって知ったら……)  どうなるのだろうか。がっかりさせてしまうかも知れない。キラキラしてて、頑張っている『天海マリナ』の中身が、俺みたいに仕事が出来なくて適当な男だと知ったら、幻滅されてしまうかも知れない。マリナは俺にとっては分身で、決して作っているつもりはないキャラクターだ。けど、やっぱり言わないこともあって、そういう口にしない「なにか」が俺を遠ざけるかもしれないし、見てくれの可愛さというフィルターが、『天海マリナ』という人物を型に嵌めて形作るかもしれない。  がっかりして、「こんなのはマリナちゃんじゃない」って言われるかもしれないと思うと、自分がマリナだと告げるのが怖くなる。リアルに恋をしているなんて言われて、ちょっと浮かれてしまっても、それは俺じゃなくて『マリナ』なのだ。榎井の恋の重さの分、その距離は遠く離れていくようで、唇はその分硬くなる。  黙っていたら、どうなるだろうか。隣でマリナへの想いを口にする榎井を見ている俺は、裏切者になるのだろうか。言ったら、どうなるのだろうか。それも、怖い。 (せっかく、仲良くなれたのに)  ポケットに手を突っ込み、ビニールフィギュアのキーホルダーに触れる。榎井が塗装を直してくれたキーホルダー。自分のものだと告げたその場で、榎井が掌に載せてくれた。戻ってきたキーホルダーの嬉しさよりも、榎井と仲良くなれたことの方が、嬉しかった。  ハァと重いため息を吐き出し、ディスプレイに目を向ける。悩んでいても、仕事は終わらない。早く終わらせなければ、動画撮影の時間も編集の時間も無くなってしまう。これまで頑張って来たのだ。榎井のような応援してくれている人もいる。 (ああ、そうだ……隠しダンジョンだっけ……あれも、どうするか考えないと……)  知らなかったならそれまでだが、知ってしまって無視するのは出来ない。隠しダンジョンも挑戦しなければ、ストリーマーらしくない。  今後のことを考えながら、コードを見直していると、画面の端で通知がポップアップした。 (?)  何だろうと思い、通知画面を開く。 『昼飯食堂? 一緒に行こうぜ@榎井飛鳥』  榎井から届いた社内チャットに、驚いて心臓が飛び跳ねる。あまりに驚いて、すぐ手元に置いてあった紙コップが倒れ、コーヒーがこぼれた。 「あっ!」  慌ててティッシュを取り出して机を拭く俺に、隣の席で先輩が呆れた顔をしてため息を吐いた。

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