隠岐が、アンチじゃなかった。 　天海マリナのファンで、隠れオタクで、ゲーマーで。普通の、普通に良い奴だった。思わずマリナちゃんに「ガチ恋してるんだよね」と言ってしまった時も、「が、頑張ってね！　応援してるっ……！」と声を震わせていた。良い奴だと思う。 （馬鹿にされなかった……） 　正直、オタクをカミングアウトされても、ガチ恋は馬鹿にされると思っていた。「そんなの気持ち悪い」とか「あり得ない」とか。けど、普通に。 （応援してる……か。俺は、マリナちゃんとどうこうなるつもりはないんだけど） 　マリナちゃんの存在を暴いて、ストーカーのような真似をするつもりはない。 　まあ、本当に本当に、本の少しだけ欲を出すなら、握手してみたい気持ちはある。けど、生身のマリナちゃんを見てしまったら、どんな気持ちになるのか想像もつかない。 　手を、離したくなくなったら――それこそ、迷惑だ。 「それにしても……」 　隠岐のヤツ、無理して隠して生きてきたのか。そう思うと、要領悪く先輩の仕事までやっている現状は、なんとなくムカつく。 　嫌われたくなくて、孤立したくなくて、そうやって来たのだろう。よくも破綻せずに居られたものだ。 　不意に、さきほど泣き出して、しがみついてきた隠岐を思い出す。表情をくるくる変えて、笑ったり顔を赤くする様子は、今まで見ていた隠岐とはまるで別人だ。 （これからは、優しくしよう） 　今まで、大人げなく接していたと思う。それでなくとも同期なのだから、もっと優しくしても良かった。 　きっかけを与えてくれた寮生活には、感謝するしかない。 　　　◆　　　◆　　　◆ 　翌朝、食堂に向かうところを隠岐と一緒になった。隠岐は少し気恥ずかしそうにする。今までオタバレしたことがないから、戸惑っているのだろう。 「昨日の動画観た？」 　昨日の動画というのは、『ステラビ』の動画である。あと二回と言っていたので、次回が最終回のはずだ。 　俺の問いかけに、隠岐はうんと頷く。 「うん。えっと、榎井はどうだった？」 「窓のギミックに気づくかハラハラしながら観てた。俺、既プレイヤーだからさ」 「あ、そうなんだ」 「隠岐はやってんだっけ？」 　多分、話の雰囲気から既プレイだとは思うのだが、あまりやり込んでいる様子もない。もしかしたらマリナちゃんに影響されてプレイした口だろう。 「あ、うん。ラスボスの攻略方法見つけるのに、六時間くらいかかっちゃったよ」 「あれな。その前のフロアの石像がヒントになってんだよな」 　六時間は掛かったな。俺はもう少し速かった。まあ、ゲーム慣れというのもあるから、仕方がないだろう。 　この様子だと、隠しステージはプレイしていなさそうだ。 「あれヒントだったの！？　なんか無理やり解いちゃった……」 「あはは。あれ、そのまま隠しステージのヒントにもなってるんだよ」 「え？　隠しステージ？」 　隠岐は顔をしかめて俺を凝視する。やはり、隠しステージについては知らなかったらしい。 「おう。自力で見つけるの大変だからな。最後の脱出のところで――」 「ス、ストップ！　ストップ！　ネタバレだめーっ」 　よほどネタバレされるのが嫌だったのか、隠岐は慌てて俺の腕にしがみつく。 「な、なんだよ。まあ、解ったけど……」 　急に腕にしがみつかれ、ドクドクと心臓が鳴る。ビックリした。 「隠しステージとか、マジ？　もしかして難易度ヤバい？」 「そりゃあ、本編より簡単なわけない」 「うぐぐ……」 　悔しそうな様子の隠岐に、思わずプッと笑ってしまう。こんな、可愛げがあったんだな。コイツ。 「マリナちゃんも、多分隠しステージはやらないよな。ちょっと残念」 「う、うーん……」 　すでに最終回と言われているし、新しい動画シリーズも始まった。隠しステージをやる可能性は限りなくゼロだろう。彼女のプレイ動画は面白いから、ちょっと観てみたかった。 　話をしていると、あっという間に食堂についてしまう。いつも通り目玉焼きのセットを手にして、空いたテーブルを探す。隠岐は向かいに座った。 「そういやさ、隠岐」 「んー？　醤油？」 　隠岐が醤油を手渡してくる。自分はソースを掛けていた。解り会えそうにない。 「お前私服可愛いな？」 　昨夜、回覧板を持ってきた隠岐は、モコモコのセーターを着ていた。ピンクとグレーの縞模様の。 　隠岐はなぜか盛大に噎せて、しばらく返事をしなかった。