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28話 side海 カミングアウト?
『成人してんのにアニメキャラとか、マジキモいっすよね。てかヤバすぎ』
心にもないことを言って、宝物だったキーホルダーを捨てたことを、一生後悔していた。『ラキエン』のサブヒロインである真理奈。天海マリナの活動を始めた時、名前を彼女から貰った。真理奈は、大事な存在だった。
榎井が天海マリナの視聴者だと知って、心底驚いた。そんな彼の部屋に真理奈のキーホルダーを見つけ、心臓が止まるかと思った。経年で塗装がはがれていたはずのフィギュアは、綺麗に修理されている。けど、間違いない。あの時捨てたはずの、キーホルダーだった。
「榎井が、拾ってくれてたの……?」
「えっ……」
「うっ、う」
思わず、動揺する榎井にしがみ付く。
「榎井ぃいっ! ありがとうぅう!」
「っ、お、おいっ、隠岐っ……」
もう二度と、戻ってこないと思っていた。一生後悔し続けるのだと思っていた。
ありがとうと繰り返す俺の肩を、榎井は優しくトントンと叩いてくれていた。
◆ ◆ ◆
「ずびっ。取り乱して、ゴメン」
「いや。大丈夫だ。それにしても――隠れオタクか」
「そういうことになるな」
恥ずかしい。大泣きしてしまった。泣いたせいで瞳が重い。いきなり泣き出した成人男性を優しく見守ってくれるなんて、榎井ってマジ天使。推せる。
泣きながら俺は、自分が過去にオタクでいじめられていたこと。それ以来、オタク趣味を隠して生きてきたことを告白した。榎井は最初は驚いた様子だったが、「そうだったのか」と納得してくれたようだった。
(ああ、恥ずかしい……)
しかし、自分が『天海マリナ』であるということは、言いそびれてしまった。自分のファンだと言われて、ムズムズするやら気恥ずかしいやらで、すっかり口ごもっていたら、言い出すタイミングを完全に逃してしまったアレである。しかも俺が本人だと思っていないから、絶対にお世辞とかじゃない。そう思うと、かなり来るものがある。
「しかし、榎井が天海マリナ好きとは思ってなかった……」
「きっかけは『ステラビ』なんだ。あんな死にゲー、そうそうプレイしないだろ」
「あはは。そうだよね。あれ、難しいよね……」
俺も、なんであのタイトルを選んだかなって、ちょっと後悔したもんね。ゲーム下手には難易度が高すぎたと思う。よくもまあ、クリア出来たよな。
「まあ、ああやって頑張ってる姿みると、本当に元気になれるし、ひたむきなところとか、マジで良いんだよな……」
「っ。そ、そう、なんだっ」
うわあああああ。恥ずかしいいいいっ。
急に褒められ、ドクドクと心臓が鳴る。
そんな風に、思ってくれていたのか。そんな風に。
(う、わああああああ。破壊力あり過ぎるっ……!)
ドッドッドッ。
これ以上、自分が天海マリナだと言わないのは、榎井にも悪いし、何より心臓に悪い。そろそろカミングアウトしようじゃないか。そう思い、スゥと息を吸う。
「実はさ――」
榎井が気恥ずかしそうに、目を逸らす。
「えっ? なに?」
何だ、急に。
「こんなこと言うと引くかも知れないんだけど」
「え」
不穏な気配に、ドクンと心臓が脈打つ。何を、言われるんだろう。
(最新の動画、面白くなかったとか? 推し変するとか?)
チクり、胸が痛む。折角、仲良くなれると思ったのに。それは、少し残念。だけど、強制するのは違うし。
(それなら、カミングアウトしないほうが良いかな……)
そう思い、心が沈んだ。
「俺、好きなんだよね。マリナちゃんのこと」
「ん?」
好き? いや、それは解ってるけど。え?
「恥ずかしい話。ガチ恋。まあ、どうこうなりたいわけじゃないんだよ。全然。マリナちゃんが幸せになってくれれば――」
「――――」
顔が、熱い。
「ん? 隠岐?」
心臓が、バクバクしている。
「どうした、隠岐。顔真っ赤だぞ?」
ぺちぺちと俺の頬を叩く榎井の声が、何処か遠くで聞こえていた。
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