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27話 side山 ファンなのか!
先日の歌枠をろくに聴いていなかった。だから、アーカイブ放送を再生していた。マリナちゃんの声を聴けば気持ちが穏やかになると思っていたのに、何故だかモヤモヤがぬぐえない。それは、マリナちゃんが新しく配信した動画が、隠岐に勧めたものと同じだったからだろうか。それとも、もっと根本的ななにかだろうか。
何かが掴めそうなのに、するりと手から抜け落ちていくような感覚。真実に近づいているようで、どこか遠い。
音量を上げて椅子の背もたれに体重を預け、何回も何回もループ再生させる。
そんな空気を、チャイムの音がかき消した。
ピンポーン。
一度目のチャイムを、俺は無視した。どうせまた渡瀬が「良輔とケンカした」とか言って泣きついてきたに決まっている。先日デカいケンカをしてから、バカップルみたいに仲が良くなった癖に、またケンカするなんて懲りない奴ら。そう思いながら、呆れて無視していると、もう一度チャイムが鳴った。
ピンポーン。
「はぁ……」
仕方がない。相手にしてやるか。
尋ね人を渡瀬だと決めつけ、確認せずにドアを開く。すると、立っていたのは隠岐だった。一瞬、「何で隠岐が?」と思ったが、手にしていた回覧板で要件をすぐに理解する。
「何してたの? なんか、音が――」
ついでに世間話でも軽くするつもりだったのか、隠岐がそう口にする。そう言えば、動画を一時停止するのを忘れていた。隠岐の視線が部屋の奥に向く。部屋を見られる気恥ずかしさに、さりげなく身体で視線を遮ろうとした。
「え?」
隠岐が驚いた顔で固まる。何だよ。一体。
「天海マリナ?」
隠岐の唇から、出るはずのない名前が飛び出て、ギクリとした。
なんで、お前が、その名前を。
「は?」
互いに、微妙な空気が流れる。
「なんで、知ってんの……?」
俺が言ったつもりの言葉を、隠岐が紡ぐ。同じ言葉を、同時に発していた。
「え――、えっと」
隠岐は至極戸惑ったような顔で、顔を赤くしたり青くしたり、混乱している様子だった。
「……もしかして、隠岐も好きなのか? 天海マリナ」
「えっ!? あっ、そ、そのっ……好きというかっ……」
隠岐の顔が見たことないくらい真っ赤になる。その様子に、俺は拍子抜けして、思わずプッと笑った。
なんだ。そうだったのか。
隠岐のヤツ、マリナちゃんのファンだったのか――!
急に、すべてのことに納得がいく。チョコバナナが好きだと言ったことも。マリナちゃんが欲しいものに登録していたお茶を買っていたことも。ゲームをやっていると言っていたことも、すべて符号が一致する。
ファン心理。つまり、そういうことだ!!!
「知らなかった。こういうの嫌いかと……」
「えっ。いや、全然っ。俺結構、ストリーマー配信とか観てるよっ」
「そうだったんだな……。なんか、誤解してたわ」
思わずにへらと笑ってしまう。マリナちゃんの多くはないファンの一人が、こんな傍に居たとは。嬉しくなってしまう。隠岐への偏見も、改めなければならないな。
「あ、うん……、その、ちょっと、音量が……」
隠岐は恥ずかしそうに廊下のほうを気にしながら、盛大に音漏れしている室内を見る。俺は「あー」と言って部屋に視線を向けた。
「ちょっと止めて来るわ。中入ってて」
「えっ。うん」
隠岐を玄関先に残し、パソコンの音量を下げる。せっかくなので、色々聞いてみたくなった。
「これで良しっと……。なに、隠岐はいつからファンなの?」
「えっ!? あっ……あ――……。その、けっこう、前……」
「そうなの? 俺は『ステラビ』動画からだからさ、割と最近なんだよな」
「あ、そうなんだっ。へー、なんか嬉しいなあ」
ニコニコ顔で話す隠岐に、思わず俺もつられて笑う。同士を見つけて喜ぶとは。なかなか見どころがある。中には「俺の方が先に知ってた」とかマウントを取る奴もいるからな。
「俺けっこう、マリナちゃんの動画布教してんだよ。隠岐にも布教してたらもっと早く語れたのか……」
「え、そんなこと、してるの?」
「おう。応援してこそのファンだからな」
「すごいっ……なんか、ありがとう……」
隠岐はなぜかお礼を言いながら恥ずかしそうにしていた。それから恐る恐るという感じに、俺の部屋の中をぐるりと眺め見る。俺の部屋はいわゆるオタク部屋なので、隠岐がみて楽しいものではないかも知れない。だが、今バーチャルストリーマーに嵌っている隠岐ならば、違う感想を言うかもしれないと思った。
「あっ、『花嫁1/2』だー。俺も茜派。『異世学』面白いよね~」
「おっ、おう?」
壁に貼られたポスターやらアクリルフィギュアを見ながら、隠岐がそう言う。あれ? なんか、普通に詳しいな?
その隠岐が、ある一点で視点を止めた。
「うそ」
壁に掛けられたビニールフィギュアのキーホルダー。それは、『ラッキーエンジェル』のヒロインの一人、真理奈のビニールフィギュアである。かつて隠岐が捨て、俺が拾ったキーホルダーだった。
「なんで、ここにあるの……!?」
そう言ってキーホルダーに手を伸ばした隠岐は、今にも泣きだしそうだった。
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