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26話 side海 天海マリナ

千以上の再生数を伸ばした。これほど再生されたのは、これまでの天海マリナのストリーマー人生のなかで、初めてのことだろう。 (評判も悪くない。ゲーム自体に人気があるから、新規の登録者も増えてる……!)  見てくれた人の高評価もいつもより多いし、見たことのない人からのコメントも入っている。間違いなく、『伸びる』傾向にある動画だった。 「良かった……! 『歪みの塔のアリス』にして! それに、この前のアネモネブラウンも良かったのかも!」  今人気で、みんなが検索を掛けるタイミングだ。もしかしたらそれで観に来てくれたひともいるのかもしれない。  再生数が伸びるのは、単純に嬉しい。認められているような気持ちになれるし、何よりこれから動画を投稿するうえでもモチベーションにつながる。 (よし、もっと頑張らないと!)  その上、『ステラビ』の最終回も控えている。まだ伸びる可能性はあるのだ。ヤマダもイラストで応援してくれているし、最近は他にも絵を投稿してくれる人が増えている。ヤマダの影響でイラストを投稿する人のハードルが下がっているのだろう。嬉しいことばかりだ。  今日は仕事をしていても、一日中再生数のことが気になって仕方がなかった。こうして解析画面を見るのが楽しいだなんて、やっぱり自分は少し根暗な気がするが、嬉しいものは仕方がない。 「早いところ次の動画を撮って、編集にこだわった方が良いよな」  先日投稿したパート1の動画は、いつもより少し丁寧に編集した。そのあたりも再生数が伸びた要因だろう。撮影も編集も自分で全部やるのは大変だが、弱小ストリーマーの踏ん張りどころでもある。ここで頑張らなくて、いつ頑張るというのだ。  意気込みを新たに、今日も動画を一本撮ろうと準備を始める。撮影を始めれば集中してしまうので、他のことに気を取られていられない。機材を準備していると、不意に一度も鳴ったことのない部屋のチャイムが鳴り響いた。 「えっ」  驚いて、慌ててドアの方に向かう。引っ越してきてからというもの、この部屋を訪ねた人間は皆無と言って良い。引っ越しの日に荷物を運んでくれた星嶋・押鴨・渡瀬の三人が入ったっきりだ。それ以外は来客はない。  ドアをそっと開き「はい?」と声を掛けると、扉の外に立っていたのは見知らぬ人物だった。寮内でみかけたことくらいはあっただろうか。 「ああ、どうも。僕は208号室の鮎川って言います」 「あ、はあ……」  鮎川と呼ばれた男は、前髪が長いせいで顔が殆ど見えない、陰気な雰囲気の男だった。怪訝な顔で見る俺に、鮎川は何やらファイルを片手に見せて来る。 「これ、寮内のお知らせ。回覧板ってやつです。208号室から301号室へ。301号室の隠岐くんは、302号室の榎井くんに回してね」 「ああ――回覧板ですか」  どうやらお知らせを回しているらしい。掲示板もあるのだが、鮎川は「それだと見ない人もいるから、大事なお知らせについては回覧板を回している」と教えてくれた。 (なるほど……)  今回が初めてだからという理由で丁寧に教えてもらい、恐縮する。鮎川は十歳も年上の先輩だそうだ。人見知りな俺ではあるが、陰キャな雰囲気のせいかあまり委縮せずに会話が出来た。  鮎川に礼を言い、回覧板の中身を確認する。内容は週末に断水があるという情報だった。その時間帯は寮内の水道設備。つまりは水道・トイレ・シャワーが使えなくなるとのことだったので、確かに重要な内容である。 (榎井にも回しちゃおうか)  確認のサインをして、玄関に向かう。そう言えば榎井は俺の部屋を訪ねたことはないが、俺も榎井の部屋を訪ねたことがない。一度くらい、遊びに行ってみたい気もしたが、そんな勇気は微塵もなかった。  回覧板という大義名分があるので、堂々とチャイムを鳴らす。榎井は一度目のチャイムでは無反応だったが、二回目のチャイムで顔をのぞかせた。 「はいはいはいはい?」  面倒そうに扉を開き、俺だと知って顔を顰める。 「隠岐」 「おう、回覧板。何してたの? なんか、音が――」  榎井の部屋から、何か音楽が聞こえてくる。なんだ、これ。なんか、聞き覚えがあるような。 「あー、ちょっと、動画観てた」 「へー……」  軽く流そうとして、耳に飛び込んできた声に、ビクリと身体を揺らす。 『風に揺れるアネモネ、僕の胸から流れる血が――』  ボイスチェンジャーのせいで、本来の声より若干高いキー。実は少しなまっているから、聴きにくい声があるのを気にしている。  間違いない。だって、その声を一番聞いているのは、俺だから。 「は――? え?」  固まって、思わず榎井の部屋の奥に視線を向ける。榎井が「何だよ」と唇を曲げた。 「天海マリナ……?」  ポロッと口にした言葉に、今度は榎井が目を見開いた。 「は?」  互いに、微妙な空気が流れる。 「なんで、知ってんの……?」  そう呟いたのは、どっちだっただろうか。

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