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32話 side海 榎井のせいにして
パソコンの画面を見ながら、マウスを操作する。帰宅してからずっと画面に張り付きっぱなしで、目が痛くなってきた。
(これだけ、終わらせないと)
今日は『ステラビ』の最終回を投稿する予定だったが、事情が変わった。このまま投稿するわけには行かなくなった。編集を加え、エンディング部分に修正を加える。
いつもなら既に動画投稿されている時間だったが、まだ投稿できていない。投稿しないわけには行かない。ここでストップしたら、頑張ってきた意味がない。
何度も確認し、間違いがないか、再生が問題ないかチェックする。
そんなことをしていると、不意に視界の端でスマートフォンが通知を鳴らした。
「ん?」
滅多にならないスマートフォンを確認すると、榎井からメッセージが入っていた。榎井とは昼に食堂に誘って貰って以来だ。夕飯は残業のせいで噛み合わなかった。
「えーと、土曜日?」
隣の部屋からメッセージが来るのは、なんだか気恥ずかしい。こういうやり取りには不馴れだった。
『土曜に秋葉原行くんだけど、隠岐も行く?』
「!」
遊びの誘いだ。初めて誘われたことも嬉しいが、強制的な飲み会以外に誘われた経験が皆無なので、余計に嬉しくなる。
(アキバか。どこに行くんだろう。アニメショップかゲームショップ。もしかしたら同人誌とか?)
榎井がギャルゲーやアニメが好きなのは部屋の様子で解った。趣味も広そうだし、話を聞いていても面白い。きっと楽しい一日になる。
「行く。行く。絶対行くっ」
言いながらポチポチとスマートフォンを操作して、返信する。
土曜日か。晴れると良いな。気温はどうだっただろうか。
「何着ていこうかなー」
電車だとアウターを何にして良いか悩むところだ。そう思っていたところに、不意に榎井の声がよみがえる。
『お前私服可愛いな?』
ボッと、顔が熱くなる。
「っ……! 榎井が変なこと言うからっ……」
心臓がバクバクする。耳が熱くて、思わず両手で押さえた。
可愛いとか、なに言ってるんだ。あんなの、全然、普段着だし、安物だし、変なこと言って。そんなこと言われたら、意識しちゃうじゃないか。
「ガチ恋とか……言うし……」
解っている。榎井はマリナが好きなんだ。中身が俺なんて知らないんだから。だから、他意なんかないはずだ。
「デ、デートじゃないんだから、服なんかなんだって……」
自分で言った言葉に、驚いて顔を机に打ち付ける。
「デートって、なんだよっ!」
なんでそんな言葉のチョイスをしてしまったのか。意識したらどうする。榎井に変に思われてしまうじゃないか。
「うぐっ……」
恥ずかしい。死にそう。
榎井はそんなこと、思っていないのに。単純に友人を誘ったつもりでいるのに、俺が意識してどうする。
(榎井が、可愛いとかいうから……)
榎井のせいにして、俺はハァとため息を吐き出した。
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