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33話 side山 嬉しい誤算
(今、何してるんだろう)
隣の部屋を見るように、壁を見つめる。この壁一枚隔てた先にいる友人は、今なにをしているのだろうか。
休日の誘いを、思いついて送信した。会って言えば良いものを、何故かメッセージで済ませてしまった。断られるのが嫌だったのかも知れないし、気を遣って頷くのをみたくなかったのかも知れない。
ピコン。小気味の良い通知音が鳴る。隠岐からの返事だと確信して、画面もみずにアプリを開いた。
『行くー。楽しみ』
返事に、ホッとして息を吐く。急に誘ったことに、少なからず緊張していた。今までずっと誘ったことなんかない。急な手のひら返しに不快感を示されたら、言い訳も出来ない。
お前は相手によって態度を変えるんだな。と言われたら、その通りなのだろう。俺とは違う人種だと思っていたときと、こちら側の人間だと知ったときでは、態度が違いすぎる。俺とは違い、隠岐は態度が変わらない。
(……俺って)
嫌なヤツ。そう客観視してため息を吐き出したところに、通知が入った。マリナちゃんの動画投稿がされた通知だ。
「お。最終回更新されたか。遅いから心配してたんだ」
いつもの時間に投稿がなかったため、今日の投稿はないかもしれないと思っていたが、杞憂だったようだ。
パソコンを操作して、動画のページを開く。『ステラビ 最終回』と書かれた動画を再生する。
(隠岐は六時間もかかったって言ってたっけ)
残るはラスボスとの戦闘だけだ。動画を観ていくと、マリナちゃんが苦労してプレイしていく様子が観て取れる。どうやら隠岐と同じ轍を踏んだらしく、謎解きは強引でギミックを理解するのに苦労していた。
「うわっ、惜しい」
あと少しでクリアというところで、ボスの攻撃が掠めて死んでしまったりと、惜しい状況が続いた。
そして――。
まばゆいエフェクトと、ボスが沈む演出の効果音。ついに、ボスを倒した。
「やった!」
思わず口にだして喜んでしまう。我にえって、少しだけ恥ずかしい。
(隠岐と観ても良かったかな……)
いや、このテンションを見られるのは、まだ恥ずかしい。もう少し仲良くなったらにしよう。手を叩いて喜んで、叫び声をあげている姿なんか、とても見せられたものではない。もちろん、一緒に「惜しい!」とか言い合うのも楽しそうだし、そういうのを分かち合いたい気持ちはあるのだ。だが、どうしてなのか、取り繕ってしまう。
画面ではエンディングテロップが流れるのと一緒に、マリナちゃんがゲームの感想を呟いている。
『本当に、難しかったけど良くできたゲームだよね。マイナーなのが勿体ない!』
ゲーム性やストーリー、ギミックの感想を丁寧に述べる姿は、好感が持てる。改めて、俺は彼女のなにが好きなのか、しみじみと実感した。彼女には、作品への敬意があるのだ。リスペクト精神があるのかないのかは、態度に現れる。俺はプレイ動画はあまり見ないが、理由はそこに起因する。作品世界を馬鹿にして、笑いを取るようなストリーマーも多い中、天海マリナはそうではない人間だった。作品を愛し、作者やキャラクター、プレイヤーに対して敬意がある。簡単なことのようで、なかなか出来ることではない。
天海マリナに出会って、彼女を追いかけ続けてきた。そのきっかけとなった『ステップラビリンス』が最終回を迎えるというのは、俺にとっても感慨深いことだった。今では、マリナちゃんの居ない人生なんて、考えられない。俺自身、マリナちゃんに大分変えられてしまったようだ。
しみじみした気持ちで画面を見ていると、ふと映像が切り替わり画面が黒くなる。これで終わりか。そう思ったが、再生時間はまだ五分ほど残っていた。
「?」
しばらく待っていると、映像が切り替わり音声が流れる。
『ここから、深淵に行く!』『いやいや、ムリムリムリムリ!』『つまり、どういうこと?』『あ! これがヒントになってるのかぁ!』
コマ切れにされた動画と音声が、一気に流れる。動画のマップに見覚えがあって、ゾクリと背筋が粟立った。
「――!」
これは。
画面に、文字が並ぶ。
『ステップラビリンス、裏ボス攻略編――こうご期待』
隠しステージだ。てっきりマリナちゃんは攻略しないものと思っていたが、どうやら隠しステージに挑戦するらしい。かなり大変だろうし、今は『歪みの塔のアリス』もある。動画では冒頭部分だけをプレイしたらしく、ほんの数十分の短い動画を細切れにしたようだ。その間にもかなり苦労している様子なので、攻略は大変だが嬉しい誤算だ。
(やっぱ、凄いなマリナちゃんは)
適当に濁すことも出来るのに、コンプリートを目指すつもりらしい。頑張って、最後まで行けると良いのだが。
(隠岐も、この感動を味わってんのかな)
隠岐も隠しステージのことは知らなかったようだし、きっと楽しみに違いない。マリナちゃんが知っていたことには驚きだ。この情報は、当時の掲示板で書かれていただけで、攻略サイトなどもない『ステラビ』では、知らない人の方が多いからだ。何か引っ掛かりを覚える気もするが、とにかく、『ステラビ』が続くという喜びの方が大きい。
また一つ隠岐と話したいことが出来た。会社の合間の短い時間じゃ、きっと語り足りない。週末はきっと、楽しい一日になるに違いない。
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