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35話 side山 勿体ないと思う気持ち
「隠岐は、アキバは行く?」
駅までの道すがら、歩きながら訪ねる。隠岐はまだ髪が跳ねているのを気にして、しきりに手で触っていた。
「頻繁ではないけど、時々。主にPC周りのものを買う時かな」
「品ぞろえが違うもんな」
地元にも電器屋はあるが、OA機器よりも家電の方が強い。PC周辺機器を買うには少し物足りない。ネットでも買えるが、やはり見て買った方が良いのは良く解る。
「解る。俺もディスプレイ見たいんだよな」
「電器屋?」
「うん。ほら、俺ちょっと絵描くじゃん。新しいの出たらしいんだけど、どんな感じなのか見るだけ。あとガチャガチャ見たい」
「ああ、そう言えば絵上手いんだよね。他にはどんな絵描いてるの?」
隠岐はバーベキューの時の絵を覚えていたのか、そう言う。そう言えば、あの時は隠岐が「上手い」と言ったのをあまり信じていなかったが、もしかすると本当に言っていたのだろうか。今更ながら気恥ずかしい。
(というか、もしかしたら見てるよな)
俺が『ヤマダ』というペンネームで絵を描いていることはまだ言っていないが、ヤマダの絵はマリナちゃんの動画のサムネに使って貰ったこともある。マリナちゃんファンで動画を観ている隠岐が見たことがないはずがない。
「……多分、知ってるよ」
「えー?」
俺が言った意味が解らなかったのか、隠岐は不満そうに眉をよせて首を傾げた。
◆ ◆ ◆
「大丈夫? 疲れた?」
散々、俺の買い物に引っ張りまわしてしまったが、隠岐は大丈夫だろうか。最新のディスプレイを試してガチャガチャフロアにあるガチャガチャを回し、ぶらぶらと散策した。隠岐はゆるい猫のキャラクターのガチャガチャを回していたのと、他には音源やグラフィックボードを見ていたようだ。隠岐も楽しめているのなら良いが、遊びに誘うような場所でもなかったかもしれない。
「ううん。でも喉渇いた~」
「だな」
さすがに歩きどおしだったので、コーヒーショップに入って休憩を取ることにする。冬に冷たいものをあまり飲まない質ではあるが、歩いたせいか冷たいものが恋しかった。
一つのメニューを一緒に覗き込みながら、どれにしようかと迷う。隠岐は口に出すのが癖なのか、「うーん、こっちも良いけど……、あー、クリームのってるのも良いな」と呟いている。その様子に、思わずクスリと笑ってしまった。
「? なに?」
「ごめん、何でもない」
「何だよ、もう」
何を笑われたのか分かったらしく、唇をきゅっと噤んでしまうようすに、余計におかしくなる。顔を真っ赤にしてツンとそっぽを向く様子が、やけに可愛く見えた。
「ごめんごめん。俺はアイスコーヒーにするけど。隠岐はどうする?」
「……キャラメルラテ。アイス。あとパンケーキ食べたい」
頬を膨らませてそう言った隠岐に、思わず笑いそうになったが寸でのところで堪えた。
(隠岐って、可愛いヤツだったんだな)
もっと早く、誤解を解いておけば良かった。もしかしたら俺がみようとしていなかっただけで、隠岐はずっとこんなヤツだったのだろう。見逃してきた多くの表情を思うと、少し勿体ない。
なぜ、そんな風に思うのか、自分でもよく分からないが、そう思ってしまった。
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