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37話 side山 胸の疼き

 通知もないのに、スマートフォンを何度も確認する。急に帰ってしまった隠岐から何か連絡があるかと思ったが、隠岐からは「今日はありがとう」とメッセージが入ってい以来、何も連絡はなかった。普通に考えれば、当然それで終わりで良いだろう。だが、隠岐の様子がおかしかった気がして、気になった。 (大丈夫かな……)  疲れていた様子だったし、脚も痛そうだった。今頃すっかりくたびれて、部屋で寝込んでいるかも知れない。久し振りに遠出したことと、隠岐との初めての外出だったので、つい飛ばしてしまったが、もっとスケジュールを詰めなければ良かったかもしれない。 (振り回しちゃったな)  楽しそうにしていたから良かったと思っていたが、無理をさせてしまったかもしれない。そう思うと、申し訳なかった。  ふと、渡瀬がくれたお菓子の箱が目に入る。先日、良輔と珍しく大ゲンカしたらしく、色々と話をしたのだ。そのおかげというわけではないだろうが、無事に仲直りしたらしく、その点は安心だ。その礼だというのだから、渡瀬も案外、律儀な奴だと思う。営業職というのは、そういう気配りをするのかもしれない。  俺が好きなメーカーの、高級チョコレート。いつもだったらさっそく開けて写真を撮って、SNSにアップして。それからコーヒーを淹れて一粒食べてみるのに。何故なのか、隠岐の顔がちらついて、そんな気分になれない。 (隠岐に……おすそ分けとかしてみようかな)  チョコレートは好きだろうか。チョコバナナが好きだし、好きかも知れない。パンケーキもチョコレートバナナホイップだった。多分甘いものは好きなのだ。  昼間はあんなに楽しかったのに、寂しい終わりになってしまった。なんだか少しだけ残念だ。本当だったら――。  そう考え、ハタと我に返る。  本当だったら、どうだったと言うのだろうか。  寮に着いたのだ。あとは帰るだけだった。「じゃあまたね」と別れて、帰るだけのはず――。 (いや)  いや。多分、もう少し話したくて、きっと俺は隠岐を部屋に誘ったと思う。ラウンジでコーヒーでも買って、部屋のベッドに腰かけて二人で他愛ないことを話したはずだ。話題はマリナちゃんのことかもしれないし、隠岐自身のことかもしれない。俺のことを話すのは少し気恥ずかしい。なんだかカッコ付けて、良いヤツぶってしまいたくなる。話の終わりはいつになるのだろうか。すぐ隣の部屋なのに、帰ってしまうのが惜しくてたまらなくなるのは何故だろう。昼間に話しただけでは物足りない。どこか、離れがたい。  それなのに、俺は隠岐にまともに「おやすみ」も言えていない。 「はぁー……」  何故俺は、こんなやつになってしまったのだろうか。今まで隠岐には極力関わらないようにしていたのに。まるで、関わってしまったらこうなることが解っていて、予防線を張っていたかのようだ。もしかしたら、無意識にそうだったのかもしれない。最初から隠岐は――。  ドキリ、心臓が跳ねる。  最初から、何だっていうんだ。自分に問いかけるその胸に、隠岐の笑顔を思い出す。隠岐の笑顔を見ると、胸が暖かくなって、言い難い焦燥感に駆られるのは何故なのだろうか。こんなの、変だ。これじゃまるで――。 「……おかしいだろ。俺は、マリナちゃんが好きなんだから……」  言い訳みたいな呟きを吐き出し、唇を曲げる。おかしい。そう思っているのに、何故かずっと、胸は疼いたままだった。

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