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39話 side山 あれ?

 寝不足で目が開かない。ボンヤリしながら玄関の扉を開き、大欠伸をする。 「ふああぁ……」  ガチャ。同時に、隣から扉が開く音がした。思わずそちらに視線をやり、目が合う。 「あ……」 「あ」  目が合って、互いに一瞬黙る。すぐに作り笑いを浮かべ、「おはよう」というと、隠岐も歯切れ悪く「おはよう」と返した。どことなくぎこちない上に、距離がある気がするのは俺の思い込みだろうか。 「隠岐も、今から飯?」 「うん」  なんとなく、会話が続かない。変な感じだ。 「あー、昨日は、付き合ってくれてサンキューな」 「あ、ううん。こっちこそ。誘ってくれて嬉しかった」  ふわりと微笑みを返され、胸がきゅっと鳴る。先ほどの距離感はなんだったのかと思う、極上の笑みに、思わずホッとした。 (なんだよ。いつも通りだ。ちゃんと)  ちゃんといつも通り可愛い。良かった。 (やっぱり、疲れてたんだな。それに――)  昨夜のことを思い出し、首を振る。横目で見る隠岐はいつも通りの表情で、「今日は何にしようかな」と呟いていた。やはり、何事もないように見える。 (でもな。俺――昨日、聞いちゃったんだよな……)  昨夜、モヤモヤした気持ちになって、外の空気でも吸おうと窓を開けたのだ。そうしたら、隣のベランダに、隠岐が居た。驚いて、一瞬声をかけようと思ったが、止めた。隠岐が、泣いていたから。  そう。俺は、聞いてしまったのだ。 『マリナに、なりたいよ……』  泣きながら、隠岐がつぶやいた言葉を。 (まさか、まさか……)  隠岐がマリナちゃんになりたがっていたなんて――!!  想像もしていなかったことだ。まさか、隠岐がマリナちゃんにそういう意味で憧れを抱いていたとは。だが、そう考えればしっくり来たのも事実だ。隠岐がマリナちゃんを知っていた理由も、今思えばそうなのだろう。いつかバーチャルストリーマーになりたくて、色々なストリーマーをリサーチしていたに違いない。確かに、隠岐はマリナちゃん以外にもストリーマー配信を観ているようなことを言っていた。 (うん。隠岐は案外、喋れば好感度の高い奴だし、なにより『中の人』も可愛い系の好青年だ。ストリーマーとしては若い方ではないけれど、最近は年齢問わずなところもあるし、いざ顔出しってことになったとしても隠岐なら十分やっていけるに違いない。それどころか――)  きっと、女性に人気のストリーマーになるに違いない! (ああ、でもマリナちゃんに憧れてるんだから、女性キャラの方が良いのかな?)  ストリーマーの中には女性キャラをアイコンにしつつ、男声で配信する人もいる。男性キャラも良いが、中性的な見た目のキャラも合いそうだ。 「榎井? 何にするの?」  トレイを片手にそう問われ、考えに没頭していたことに気づく。慌てて、トレイを取って隠岐の後ろに並んだ。  ◆   ◆   ◆  朝食のあと一人部屋に帰る。隠岐も部屋までは一緒だったが、玄関先で別れた。もう少し話したい気もしたが、用事がある様子だったので声はかけなかった。あまりしつこくして嫌われても嫌だしな。 (隠岐がストリーマーになりたいなら、俺は応援したい)  ストリーマーで「食える」のは一握りの人間だろう。プロダクション所属の所謂『箱』系と呼ばれるストリーマーと違い、個人で活動するストリーマーにはやはりプロモーションに限界がある。もちろん、個人で成功している例もあるが、大抵は何かの理由でバズった場合だ。 「幸い俺は、絵が描ける」  そう。俺は一応素人ながらも絵が描ける。つまり、隠岐の手助けが出来るのだ。個人Vで食うようにするには、配信で稼ぐというよりもグッズ収益に頼らざるを得ない。マリナちゃんは今のところグッズは出していないが、多くのストリーマーたちはあの手この手でオリジナルグッズを出している。大抵は缶バッジとアクリルスタンドだ。視聴者の所有欲を擽るには、ちょうどいいアイテムなのだろう。 「つまり、隠岐の肉体を作ってやれば良いのだ」  まずは形がなければ始まらないだろう。『受肉』するための肉体があれば、そこから方針が決まるはずだ。隠岐は奥手だから、自分じゃなかなか動けないかも知れない。「こんな感じのキャラでやってみないか?」と声を掛けたら、本人もその気になるかも知れない。 (泣くほど、やりたいんだ)  背中を押してやりたいと思うじゃないか。  パソコンに向かい、イラストソフトを起動させてデザインを考える。隠岐の優しい雰囲気と可愛らしい雰囲気が出ていないとダメだ。キャラを立たせるにはやはり髪の色も考えた方が良い。ピンクが似合うから、ピンク色の髪も良いが、キャラ被りしそうな色合いでもある。水色なんてのも爽やかでいいかもしれない。中性的なキャラにするなら水色で、髪もすこし長めでも良いかも。  さらさらとキャラクターを描き、ディティールを加えていく。昨日髪が跳ねていたのを思い出し、後ろの毛をぴょこんと跳ねらせた。 (好きな食べ物はチョコバナナ。嫌いな食べ物はピーマン)  設定を付け加え、整えた画面を引きで眺める。 「――あれ?」  出来上がった画像に、首を傾げた。確かに、俺が今、即興で作ったキャラクターなのに。  これ、マリナちゃんでは?  見た目こそ違うものの、出来上がったキャラクターは、どう考えても『天海マリナ』にもろ被りだった。

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