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41話 side山 マリナの悩み

 ここのところ、隠岐とあまり話せていない。どうも忙しいらしく、会えてもちょっと近況を聞くくらいで、落ち着いて会話は出来ていなかった。色々と話をしたい気持ちはもちろんあったが、それ以上に隠岐の身体が心配だった。ここの所、無理をしているように見えるし、顔色も良くない。冴えない表情の隠岐を見ていると辛かったし、笑顔でいて欲しかった。 (大丈夫かな……。また先輩から無理な仕事押し付けられてんじゃないだろうな……)  隠岐によく仕事を押し付けていた先輩のことは、最近は無言の圧力をかけているので減っていたと思うのだが、隠岐は容量が悪いから、また変なことになっているのかもしれない。まあ、俺があまり口を出すことではないのだが。  フロアで隠岐の方を見ていても、目が合うことはない。以前は、目が合うとニコッと笑いかけてくれた。それが、なくなってしまったのが、酷く寂しかった。  ◆   ◆   ◆ (ビールでも開けながら、作業でもするかー……)  なんとなく気持ちが晴れない。酒でも飲みながら絵でも描こうと、買い置きのぬるいビールを開けながらボンヤリとインターネットを眺め見る。作業すると言ってペイントソフトを起動させたものの、キャンバスは真っ白なままだった。  不意に、画面の端に通知が来る。 『天海マリナチャンネルが配信を開始しました』という通知に、ボンヤリしていた意識が急にはっきりする。慌てて動画サイトを表示させ、マリナちゃんのチャンネルを開いた。待機画面を開きタイトルを確認する。『雑談』と書かれているから、雑談配信を急遽することにしたのだろう。マリナちゃんのライブ配信は久し振りだった。 (このところ、動画は上がってたけど配信はなかったもんな)  忙しかったのか、ライブ配信はこのところなかった。久し振りの配信は、やはり嬉しい。いつもの仲間たちと待機しながら、配信を待つ。 (そう言えば、隠岐はどうしてるだろう)  俺は先に帰ってしまったが、隠岐は残業だったはずだ。もう帰っただろうか。帰ったのなら、配信を見ているかもしれない。一瞬、一緒にビールを開けながら配信を見るのも良いな、と思ったが、疲れてるかもしれないという気持ちが、連絡する手を止めた。  一度席を立ち、カラカラと窓を開く。窓の外から隣の部屋の様子を見る。明かりは点いていなかった。 「……まだ、帰ってないか……」  ハァと溜め息を吐き出し、窓を閉める。席に戻ると同時に、画面が切り替わった。 『あー、あー。もしもし? 聞こえますか?』  放送が始まる。いつもの挨拶を聴きながら、俺は僅かな違和感に首を傾げた。 (ん? マイク変えたかな?) 『こんばんは~。ん? 音が変? 聴こえない? 聴こえるけど違和感? あー、今日はね、家からじゃないの。ネットカフェから』 (ああ、なるほど)  どうやら、今日は自宅からの配信ではないらしい。どうりで、いつもと声が違うはずだ。 『今日はお外でご飯食べたので、外から配信です。何食べたか? んとね、ラーメン。醤油? 豚骨醤油?』  聞いているだけでなんだか腹が刺激されて、思わず口元に笑みを浮かべる。マリナちゃんの何でもない話を聞くのが好きだ。しみじみと、こうやって話す時間が貴重なものだと思える。 『今日はね、雑談~。ちょっと色々考え事していて、初心に帰ってみようかなと思いまして』 (初心か……)  俺自身、初心という言葉にドキリとする。マリナちゃんの声がどこか元気がないように思えたけど、どうやら悩んでいるらしい。コメントを送ろうとして、薄っぺらい言葉になるような気がして、書いては消してを繰り返し、結局送信ボタンを押せなかった。 『わたしが配信しようと思ったきっかけって、言ったっけ? わたしちょっと、リアルではこう、一歩引いてしまう性格というか……。まあ、引っ込み思案で』  コメントに<解る>とか<俺も>とか、共感するコメントが流れていく。 『それって多分、失敗が怖いからなんですよね。失敗して、嫌われたらどうしよう。とか、怒られたらどうしようとか。迷惑を掛けたらどうしよう、とか……あとは、まあ、自分なんか~とか、どうせわたしは……とか。まあ、マイナス思考がこう、こじれてしまっているというか、ね』  コメントに流れるみんなの様子を見るに、多かれ少なかれ共感している人たちが多いようだ。俺なんかは「まずはやってみよう」ってタイプだから、対照的な立場にいると思う。隠岐なんかは、引っ込み思案な方だろうな。 『それで、高校時代は演劇部に入ってたんだよね。少しでもそういうの、直したくて……』 (そう言えば、演劇部だったとか言っていたな……)  俺も学生時代は演劇部だった。俺は裏方の大道具だったが。もしかしたらどこかですれ違っていた可能性もあるよな。マリナちゃんも関東に住んでいるようだし、話している内容からも同世代だと分かっている。大会とかですれ違っていたら、エモいのだが。 『最初は裏方やりたかったんだけどね。なんと高校一年の大会では主役やったんだよね~。笑っちゃうでしょ』 <えっ!? 主役!?><それはすごい><観たかった~>と、コメントが流れる。マリナちゃんが主役をやるとは。一体なにをやったんだろうか。 『――白雪姫。やったんだよね』 「――」  その言葉に、思い出が一気にフラッシュバックした。

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