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第2話

俺が謝っているのには応えない。彼は無言で、俺が汚してしまった服を部屋の隅に戻した。 「ごめんなさい。ごめんなさい。」 喉と鼻が痛くて、もう声が出しづらい。それでも謝り続けるのは、彼が「いいよ」と言ってくれるまで、俺はこのまま、寝ることも風呂に入ることも許されない気がするからだ。 彼はお風呂セットを片手に、俺の前を行ったり来たりして、結局何も言わないで部屋を出て行った。スリッパのパタパタいう音が遠くなっていって、ついに何も聞こえなくなる。 力が抜けて、その場にへたり込んだ。まだ涙が出る。拭いても拭いても涙が出る。ちらっと彼の服を見たら、綺麗に畳まれた状態でズボンの上に置かれていた。変なシミがところどころ見えている以外は、さっきと全く同じだった。 彼のそういう几帳面なところも、俺とは違っていて好きだった。好きだ。彼が好きだ。でももう好きであってはいけない。もう、彼と一緒にいることすら自分はしてはいけない。 彼が戻ってくる前に帰ろうと、重たい体をなんとか起こす。散らかした自分の荷物を適当に詰めて、財布からあるだけのお金を出して机の上に置いた。レシートの裏に、楽しい旅行を台無しにしてしまってごめん、と書く。もう会わないようにするから、と書きたいのに、続きがどうしても書けない。 山田、と彼が俺を呼ぶときの声が好きだった。ここに行こう、あれをしようとどこか楽しそうに俺を誘ってくれる彼が好きだった。走馬灯みたいに頭の中で流れる映像、彼は控えめに笑っている。 「山田、帰るの」 「うわっ、」 驚いた勢いで振り返ったら、彼がいた。真顔だった彼が俺の反応を見ておかしそうに笑い始める。普段の遠慮したような笑い方じゃなくて、特別楽しそうなときの。 「お風呂は」 よく状況を飲み込めないで絞り出した俺の声に、彼は小さく首を振る。 それから俺が掴んでいたレシートに気づいて、また笑う。なに、なんなの、なんでそんなに笑うの。 「山田、俺は」 彼が俺の肩を掴んだ。肩から手首まで、撫でるように滑らせる。口元だけ微かに笑ったまま。 「俺は一歩間違えたら犯罪者だったんだけど、もう怯えなくていいんだ。誰も悲しませなくて済むんだ。」 彼の目は笑っていない。俺をまっすぐ見据えている。こんな目を俺は、幾度となく見たことがある。それはいつも俺じゃなく、舌ったらずな話し方をする男の子たちへ向けていたものだったはず。俺じゃなくて、元気に無邪気に駆け回る男の子たちへ。 「え、あ、あの、え?」 「俺のこと好きなんだったらさ」 鈴木くんはショタコンで、俺は大人だ。こんなことはありえない。こんなことはありえない、もう一度心の中でそう呟いたとき、彼の手が俺の指に触れた。 「俺の服貸してあげるから、もう一回やって見せて」 そしたらお前のこと許すかも、なんて言う彼は、温泉旅行しようと誘ってきてくれたときと同じ、少し弾んだ声をしていた。

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