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第4話

 竹島さんに腕を引かれたまま行き着いたところは、本堂の横の奥まった木立を抜けた先だった。境内の明かりも届かず暗い中から、一気に視界がひらける。敷地を囲っている頑丈な柵のめぐらされた向こうの眼下に、遠く街並みの光が一面に広がっていた。深夜だというのに、煌々と(とも)っている。  そして頭上には、満天の星。  先ほどまでの喧騒が、間遠になった気がした。 「見晴らしいいだろ」 「……なんていうか、すごい、ですね」 「ここ、見つけたときは昼間だったけどな。家族で初詣でに来たときに弟とふざけて走り回っててさ。明るいとけっこう怖かったんだけど、夜だとそうでもないな」 「弟さんがいるんですね。二人兄弟ですか?」 「ああ。三コ下のな」  初めて聞く話だった。竹島さんのことで、まだ知らないことはたくさんある。  これからもっと、いろいろ知っていけたらいいなと思う。  それにしても、竹島さんの弟ならやっぱり、かっこいいんだろうか。 「今、おれの弟だったらやっぱりかっこいいのかなとか思ってるだろ」  おれの頭の中を透視したみたいにそんなことを言うので、とっさに否定できなかった。顔が紅潮してゆく気がする。それを見て、竹島さんがふっと笑う。 「黙るなよ。まさか当たってんのかよ」 「なんでわかるんですか」 「マジで?」  くつくつ笑いながら、竹島さんは身をかがめて柵に肘をついた。 「おまえって前は何考えてるかよくわかんなかったけど、いったん気を許すとすごいわかりやすいよな」 「そ、そうですか?」 「つーか、気、許してんの?」 「それは、もちろん」 「じゃ、なんであんまり目が合わねえかな」  ぐい、と、顔を寄せてくるので、思わず目をそらす。不思議なことに、こうして恋人になる前のほうがよほど、まっすぐに竹島さんを見ることができた。今はどうしてだか、まともに目を合わせるのが恥ずかしい。さっきみたいに、考えていることを全部見透かされそうな気がするからかもしれない。 「あ、時間」  ごまかすように、おれは竹島さんの手首をとって腕時計に目をやった。電波で時刻を調整している竹島さんの腕時計は、とても正確ははずだ。 「あ、あと一分もない」  カチリ、カチリと秒針が動いてゆく。じきに、年が明けるのだ。  竹島さんも、文字盤に目を落としていた。二人でじっと、白い息を吐きながら、同じところを見つめている。  知らず、言葉がこぼれた。 「……おれ、今年は最悪だって、思ってたんです」 「……最悪?」 「でも、大学入って、竹島さんに会えて。本当に、こんないい年になるとは思ってませんでした。……本当に、ありがとうございました」 「何の礼だよ」 「あ、あと十秒」  今年が、終わってゆく。  九、八、七、  竹島さんと、新しい年へ向かうことができる。  六、五、四、  願わくば、このままずっと。  三、  二、  一。  新年は、静かにやってきた。 「竹島さん、明けまして、おめで……」  言い終わらないうちに、残りの言葉は竹島さんの唇に吸いとられた。  竹島さんの手のひらが首の後ろにあって、合わさった唇は温かかった。いつものように口内を探り合う深いキスじゃなく、唇の存在を確かめ合うような優しいキスだった。  顔が離れると、吐息がまだ鼻先にかかるくらい間近で竹島さんが言った。 「今年のおまえの初めては、全部おれがもらうから」  こんな近くじゃ、目をそらすこともできない。  だから、動悸だけが増してゆく。 「……お願い、します」  くっ、と、こらえきれないように竹島さんが吹き出した。 「お願いしますってなんだよ。ほんと面白いな、おまえ」 「わ、笑わないでください」 「そういうところがいいんだ」  両手で頬を挟まれて、もう一度唇を重ねた。でも、すぐに離れてゆく。  なんですぐに離れてゆくんだろう。そう思ったけれど、理由はなんとなくわかる。  このまま続けていれば、それは自然と深いものになって、体の中に熱をためる。そうなるともう、止まらなくなる。だからそうなる前に、止めるのだ。寂しいけれどしかたない。  竹島さんも同じ気持ちだったのか、口惜しそうに眉根を寄せる。 「あー、このままアパートに連れて帰りてえ」  おれも、竹島さんのアパートへ行きたかった。行って、初日の出が見えるまで抱き合っていたかった。 「でもなあ、今日は帰らないとな。お互いに」 「ですよね」  しかたなく、おれたちは喧騒の中へ戻ることにした。あんまりゆっくりしていると、水谷に何を言われるかわからない。  案の定、人混みの中から姿を現したおれと竹島さんを見るなり水谷は大声を上げた。 「あ、戻ってきた! どこ行ってたんだよ二人とも! どうせどっかでエッチなことしてたんでしょ! ズルいよ!」 「水谷! 声!」  大慌てでおれが水谷の両頬を指で挟んで引っ張ると、その後ろから水谷のこめかみを両手首の上のところでぐりぐりとしめつける人がいる。 「だから、お、ま、え、は~。ズルいって何言ってんだよ」 「痛い痛い痛い。やめてよー」  水谷を挟むようにして目が合ったその人は、長身で、切れ長の目の全体的に薄い面立ちの、竹島さんとも郁さんとも違う種類のイケメンだった。 「あ、おたくが広内くん?」 「はい」 「こいつが迷惑かけてるね」 「うるさいなあ、迷惑なんかかけてないってば」  もしかして、と思う。もしかしなくても、水谷の新しい彼氏、だろうか。  そう思って水谷を見ると、へへへと照れたような笑みを向けてきた。 「おかげさまで。(あお)、っていうの。この人」 「青です。どうぞよろしく」  にっこり笑う青さんは、愛想はいいけれど抜け目のなさそうな印象で、案外水谷みたいなやつには合ってそうな気がした。 「広内、行くぞ」 「あ、はい」  周りのみんなが参拝の列に向かっていて、おれと竹島さんもその流れにのった。もちろん水谷たちもついてくる。  人の波にさらわれそうになるとすぐに、竹島さんに腕を引かれる。どうも、竹島さんといるとおれはずいぶんぼんやりしているのだと実感させられる。  上着のポケットの中に、竹島さんが買ってきてくれた缶コーヒーがあった。握るとまだ温かい。混みあっているのを口実にして、なるべく竹島さんにくっついていた。  やがて順番が来て、竹島さんや水谷たちと一列に並んでお参りをした。  本殿に向かって手を合わせ、願うことはやっぱり一つで。  今年も竹島さんと、ずっと一緒にいられますように。  そして、みなさんにとって、いい一年でありますように。                                   ー了ー

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