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1-6. 飢餓感
「ルイスは、それだけで足りるんですか……?」
「ああ、栄養的には問題ないよ。それに今、大して腹は減ってない。……カレルは、本当に沢山食べるんだな。その食欲と貴方の影の件、多分関係があるんだろうな」
俺が椅子に座って携帯食料を食べていると、カレルが心配そうに此方を見ている気配を感じた。余計な心配をかけないように笑って答えたものの、このシリアルバー、普段はまあまあいけるんだが、味がないと食感が最悪だな。ブロックでも食べている気分になる。
一方俺の目の前の椅子に座っているらしきカレルは、質より量、というような食事をしているらしい。色んな食材の匂いがするが、美味しそうには感じないからどれも大していいものじゃないな。……こんなに食べるから医者なのに金がなさそうなのか、この人。
「凄くいつもお腹がすいていて……、でもいくら食べてもお腹に溜まらないので、最近は諦めて飲み物を沢山飲んだりして凌いでいます。でも今日は本当に、マシな方です」
「……俺の味覚を喰ったからな?」
「……はい」
責めるつもりはないのだが、体調がそこまで良くないのも相まって、味のないものを食べていると段々気持ちが悪くなってきた。味が感じられないにせよ、もう少し食感がマシなものを選ぶべきだったか。……だがあまりカレルに心配はかけたくないし、とりあえず気力で全て食べ切った。……に、しても。
「……いい加減疲れて寝そうだ。俺は眠りが浅いから、何かあったら起こしてくれ。……患者用の寝台を借りていいか」
「あ、は、はい。あ、でももう少しで通いの患者さんが来ると思いますし、寝心地もおれの寝台の方が良いと思うので」
「……わかった。じゃあカレルのを借りる」
右足を引き摺るようにして移動しようとすると、慌ててカレルが支えに来る。そんなに慌てなくても、片足引き摺って戦闘するくらい、よくあるんだが……医者だからか心配性だな。
「何ならルイスくらいなら横抱きに」
「断る」
確かに俺は細身な方だが、何が悲しくて男に横抱きにして運ばれなければならないんだ。色々あり過ぎて、もう頭が痛い。カレルの寝台に座って、はあ、と今日何度目かわからない溜息を溢すと、カレルがどこかに走って行くのが感じ取れた。後で来る患者の診察の準備だろうか。
「ルイス!」
横になろうとしていたら、声を掛けられて驚いた。何だ、俺の為の準備だったのか?
「これ、どうぞ。口を開けて、ゆっくり飲んでください」
「……鎮痛剤?」
「ええ。頭が痛そうですし、足も痛そうなので……」
「……ありがとう」
ふらつく身体を支えられつつ素直に口を開けると、ゆっくり液体状の薬が流し込まれていく。きっとこれは味覚があったら不味かったんだろうな。全部飲み干して、手を借りつつ今度こそ横になった。
「おやすみなさい、ルイス」
「ああ、おやすみ……」
そういえば気にしていなかったが、今の時間は昼くらいなのだろうか。……まあ、いいか。とにかく、眠い──。
「──は、っ」
嫌な気配を感じて、がばりと身体を起こした。胸ポケットから折り畳みナイフを取り出して、その気配に向けてゆっくり、歩き出す。──この気配は、恐らく。
「ありがとうございました、先生!」
「いいえ。お大事にしてくださいね」
そんな妙齢の女性の声とカレルのやり取りが入口の方から聞こえて、焦って走ろうとするが起きたばかりだし、前も視えなくて危うく転びかける。ズキン、と走る右足の痛みに小さく呻いた。……傷口が開いた気がする。しかし今はそんなことどうでもいい!
「カレル!」
声を掛けるも、彼がドアを閉じる前に間に合わなかった。くそ、何をやってるんだ、俺は。軍人の癖に。──昔は騎士でもあった癖に!
「ルイス! 駄目じゃないですか、そんな足で走ったら……! 血が……」
「貴方は!」
彼が近づいてきた気配を感じたから、折り畳みナイフを胸ポケットにしまった後感情のままにぐい、と彼の胸ぐらを掴む。本当に気づいていないのか、この人は。
「また、喰っただろう!」
「……え。……また……?」
「そうだ! 俺みたいな軍人ならまだいい、だがさっきの人は、民間人だろう……! しかも女性だ!」
はあ、はあ、と口から激情の後の乱れた呼吸が漏れる。わかっている、これではただやり切れない感情を、そのまま彼にぶつけているだけだ。
「……わるい……」
「ちょっと、ルイス!」
ぐらり、と倒れかけた身体を支えられて、言うことの聞かない身体を素直に彼に預けた。……あつい。
「熱が……! しかも右足の傷口が開いているし、貴方はもう少し自分の身体を考えてください……!」
「……民間人、は……守らない、と。俺は、前騎士で……今軍人なんだ……。俺は人を守りたく、て……だから……。──ん」
「喋らないで、ルイス。言われなくてももう貴方がそういう人なのは知ってる。安静にしてくれないと、またするよ」
……キスをされて黙らされた。しかも、敬語じゃなくなってる。酷く怒っている、気がする……。にしては、優しいキスだったな……。
熱に浮かされているのか、柄にもないことを考えて自嘲した。
「さっきの、女性……大丈夫だろうか……。一体何を喰われたのか、」
「そんなにキスされたいんですか? 彼女はおれの常連なので、大丈夫ですよ。異常があればすぐに来る人ですから、来たら調べましょう。それに貴方に比べたら十分健康体ですし、今日はただの定期検診でしたから」
「……そ、か……」
「力抜いて、ルイス。座れますか?」
返事をする気力すらなくて、ただ言う通りにして床に座る。すると、ぐ、と首と肩の間あたりと膝裏あたりに腕を当てられたから何をされるのか理解したが、文句を言う体力すらない。そのまま横抱きにされ、まるで壊れ物を扱うかのようにして患者用の寝台に寝かせられた。
「とりあえず、まず止血を」
右足の膝上くらいまでズボンの裾を上げられて、処置してあった部位のガーゼやら包帯やらを取られていく。治癒能力でもない限り、怪我は薬と安静で治すしかなく、俺の右足の怪我はまだ全く塞がっていないのだ。
「明日ポーションが届きますから、せめてそれまでは大人しくしててください」
「……注文、したのか。高いだろう……、これを……」
「……き、金貨」
「治療費と宿泊費だ、あと迷惑料……」
ポーションというのは、人間の自然治癒力を著しく高める薬のことだ。非常に珍しい薬草を使って作られるものだから、生産数には限りがあって、とにかく値段が高い。カレルの状況を鑑みると、そんなものをいちいちこんな怪我の為に普通は使っていられないだろう。……詰まる所、俺の為なのだ。だから、ズボンのポケットの中に入っていた金貨を差し出した。彼は遠慮しているようだが、別に、これくらいある程度働けば返ってくる。無理矢理彼の手にそれを握らせると、何度か瞬きをして、未だ戻らない視覚に息を吐いた。
「今……何時だ、カレル」
「え、と、そうでした、時計も陽の光も視えていないんですもんね。今は15時くらいですよ。貴方がおれを助けてくれたのは、昨日の18時。それで、貴方が目を覚ましたのが今日の12時です」
「わかった、ありがとう……」
ならば、俺が視覚を対価として払ってからもう21時間経っているということか。思った以上に戻らないな……。普通なら、そろそろ戻ってきてもいいころなんだが。今日の夜か、せめて明日の朝までには取り戻したい。
「ルイス、眠れるなら眠った方がいいですよ。でも熱が出てますから、その前に解熱剤も飲みましょう。あとできれば水分を……」
「……。……」
「ちょっとルイス……?! まだ、寝ないで──」
話はちゃんと聞いていたのだが、段々瞼が降りてきて、カレルの声が遠くなっていく。口に何かが触れた気がする──ああ、この感触は、彼の……。そのまま舌で押し込まれるようにされて、喉に冷たいものが降りていくのを感じた。
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