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1-8. 対症療法

 ──死にたい。  目を覚ました瞬間に思ったのがそれだった。あの悪夢を見た後はいつも思うことだから、慣れてる……いや、本当は慣れたくはないんだが。それでもどうにか対処方法を見つけなければ、恐らく自分で首を掻っ切って死んでしまっていたことが多々あった。だから、今までの経験でこういう時にいくつか対処する方法をもう見つけている。 「カレル……?」  対処をするにせよ、ここはカレルの診療所兼自宅だ。ひとまず彼に声を掛けねばと思ったのだが、どうやら今誰かが来ているようで彼はそちらの対処をしているらしい。患者か、それとも他の来客か。……いや、待てよ、この気配、この声は……。  俺の知り合いな気がする。そう思って、いつの間にか移動させられていたカレルの寝台から身体を起こした。重いだろうに、何度も運ばせて申し訳ないな。……さて、右足を安静にしていないとまた怒られそうだから、ここから呼ぶか。 「ロシー!」 「──ルイス?!」 「起きたんですか!」  驚いたような声が二つ届いて、苦笑する。これはロシーとカレル、二人とも俺のことを心配しているな、恐らく。屋内だというのに、慌てて走ってくる音が聞こえた。 「ルイスお前! どうせぶっ倒れてたんだろ! サリィが心配してたぞ、まーた討伐報告だけしてすぐに連絡を切ったんだってな。お前はもう少し自分のこ……とを……。ルイス?」 「……わるかった。あと、ロシー、いつもの夢……」  弱々しい声で、銀色の短髪と黒色の瞳を持つ軍人仲間──ロシー・スタインに声を掛けると、よくあることだからそれだけで伝わったらしい。ロシーは俺よりも長身で体格の良い男で、見た目だけで言うなら俺より余程軍人らしくて頼り甲斐がある。……まあ、今は視えていないのだが。 「あ~。マジか! 流石に病み上がりで酒は、駄目だな? ……で、怪我してんのか。じゃあ戦闘も無理ってーと……」 「……今からサリィと組んで夜番か?」 「そーなんだよ、だからサリィもそばにいてやれないし、俺もなあ……」  サリィというのは長く美しい金髪と、月のように輝く金眼を持つ女性で──そう、アデル様に、似ている。だから昔、嫌な夢を見た時に頼って落ち着かせてもらったことがあり、軍人仲間にはそれはもう知られていた。ルイスが嫌な夢を見た時は、酒を飲ませるか戦闘をさせるかサリィを呼ぶか──優しいセックスをしろ、と。 「このせんせーとは、セックスできんの?」 「ああ」 「えっ?!」 「あ、もしかしてまだこのせんせーはお前の事情知らない? ルイスは──」 「ロシー」  ロシーがさらっと言った一言に、とても驚いたような声を上げたカレルに苦笑する。まあ、事情を知らなければそういう反応にもなるだろう。その事情を俺の代わりに説明してくれそうだったロシーの言葉を、名前を呼んで止めた。 「自分で言うから大丈夫だ。ありがとう。……サリィに言われて探しに来てくれたのか?」 「おう。俺も心配してたけどな? 無事なのはわかったから夜番に行くぜ。あとちゃんと通信機は肌身離さず持ってねえと。ほら」 「ああ。ありがとう。また連絡する」  ロシーにトランシーバーのようなものを渡されて、お礼を言う。これはこの街一個分くらいの距離内にいる者同士しか使えない短距離専用の通信機で、安価なものだ。連絡するどころではなくてずっと放置していたのだが、その辺に保管されている俺の手荷物の中から探して持ってきてくれたらしい。周波数や番号を知っていないとただのガラクタだから、別に見られても問題ないし放って置いていたのだ。 「おうよ。じゃあまたな!」 「気をつけて」 「お気をつけて!」  この目と足では見送りにも行けない、というか行くとカレルに怒られるから、この場で手を振る。そのままカレルはロシーが外に出るところまで見送ったらしく、気配が遠くに行ってまた近くに戻ってくるのを感じた。 「色々話したいし話さなければならないと思うんだが、カレルさえ良ければ──その……できれば今、抱いて、くれないか」 「……そうすれば、ルイスの涙を止められますか?」  言われて気づく。自分の涙を自嘲するように笑いつつ拭って、近くにいるらしい彼を引き寄せた。……あたたかい。じんわり広がる人の温度に、はあ、と息を吐く。 「……きもちよくなくてもいい。ただ、やさしく、してくれれば」 「んん。……視えてない中で本当に良いんですか? おれが醜悪な顔立ちだったりとか、貴方の好みじゃなかったりだとか……後悔しませんか?」 「……ふふ、あはは!」  思わぬ発言に、柄にもなく声を出して笑う。男なんて抱いてくれって言ったら大体喜んで抱くのに! この人はどれだけ俺を気遣ったら気が済むんだ。そもそも、……。 「俺は顔の造りで人を判断したりしない。それに、話していてあなたのこころはとても綺麗だと俺は思った。……だから抱いて。俺は今貴方に抱かれたいんだ。おねがい、カレル」 「う」  凄い口説き文句だ、と小さく呻くような声が聞こえて笑った。多少煽るようなことを言った自覚はあるが、そこまで効いてくれるとは思わなかった。……ああ、この人はどうやって優しく抱いてくれるんだろうか。あの蹂躙するようなセックスを、早く上書きして欲しい。 「カレル……、カレル、はやく……」 「……ああもう。知らないからね、ルイス」  敬語じゃないのに余裕のなさを感じて、嬉しい。キスをされて、ゆっくりそのまま押し倒された。……この一連の行為が全て俺が同意の上でのもので、あの人の時とは違って無理矢理じゃないだけで、もう酷く嬉しくて心が満たされていくのを感じる。 「俺ね、ある人に無理矢理犯されてた時期があったんだよ。……ん、やめないで。カレルなら大丈夫だから……」 「ん……、わかった。でも、痛かったり辛かったりしたら教えて。ずっと泣いてるよ、ルイス」 「あ……、ぅん……うれしい」  俺の過去に驚いたのか一度手を止めようとしたカレルを、縋るようにして引き寄せた。行かないで。一人に、しないで……。そんな思いでキスをねだると、唇を合わせるだけの優しさと気遣うような言葉に蕩けそうになった。やっぱり、この人なら大丈夫だと俺の身体と感覚が言っている。 「……熱はないし、顔色も大丈夫そうですね。それにここまで煽られると、流石におれでも我慢できませんよ。……他の人にも何度もしてそうだなあ」 「ぁ、は……。俺、初対面でこんな、すぐ、警戒心解いた、からだの任せ方はしない、よ……。あなただけ……」 「…………。ルイス……」 「あ、……もっと……」  ゆっくり、ゆっくり。服を脱がすのですら時間をかけて、壊れ物のように扱ってくれることに恍惚としてしまう。今までで一番優しいセックスかもしれない。……嫌だな、嵌りたくない。カレルとの関係が、影のことが解決したら終わってしまうのは勿体無いな──。  多幸感でふわふわとしてきた頭で、そんなことを考える。手付きが優しくて柔らかくて、話し方が穏やかで。こちらを傷つける意図は全くないのだとわかる抱き方に、寧ろ焦ったくなってきて身体を捩らせた。  ──とけ、そ……。 ~*~

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