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森井亮治という男は、投手としては勿論だけど、バッターとしてもランナーとしても超高校級だ。 これは幼馴染みとしての、そして恋人としての贔屓目ではないと思っている。 投げればストレートはコンスタントに150キロを超えるし、投球フォームの全く変わらない2種類のカーブはプロでもそうそう打てないだろうと評価を受けている。 打てば、決してホームランバッターではないが選球眼が抜群に良く、その出塁率は桁外れに高い。 これは別にフォアボールばかり選んでるというわけではなく、そのシャープなバッティングで高校3年間の通算打率は4割を超えている。 おまけに足まで早いときた。 50m5秒台後半で走るその俊足さに加え、対戦投手のモーションの癖を盗むのが上手いのだから、盗塁成功率もチーム内で群を抜いている。 やたらと塁に出る、出れば即走る...のだから、当然相手チームからすれば一番当たりたくないバッターという事になるだろう。 このすべてにおいてハイパー高校級の亮治は、当然今年の高校生ドラフトの目玉中の目玉だった。 甲子園にこそ出られなかったがジャパンの代表には選ばれた。 アジア大会から世界大会まで、順調に出場を果たしてその圧倒的な才能を見せつけた事で、アイドル並みと言われる容姿も相俟って既に全国ネットのテレビでも特集を組まれている。 そんな亮治だったから、上位でのドラフト指名は確実と目されていた。 そしてドラフト会議当日。 亮治は校長室でマスコミに囲まれて、俺達一般生徒は各教室で、生中継されている会議の様子を見守る事になった。 本人が今現在どこに行きたい、どこに入りたい...という希望を口にするわけにはいかない。 逆指名制度が無い以上、亮治はただ優等生的に『望んでいただける球団であれば、どこでも喜んで入ります』と笑顔を作るしか無いのだ。 しかし、意中の球団はやはりある。 生え抜きの若手選手の育成に定評のある、地元のあの市民球団だ。 いくら超高校級とはいえ、まだ一年を通して戦えるだけの体にはなっていないだろうし、最初からプロの中で即戦力的な働きを求められるのは酷というものだ。 その点あの球団ならば中学生の頃から目をかけてくれていたし、亮治の長所も短所も良くわかっている。 きっと大切にゆっくりと育ててくれるだろう。 調子が良い時はいける所まで無理矢理投げさせて、故障や不調が表れると同時に放り投げるような事はしないはずだ。 もっとも、亮治がプロを目指すのはあくまでも俺を喜ばせる為であって、何が何でもプロにしがみついてやる!という必死さも執念も恐ろしく薄い。 もし故障のせいで現役続行が難しいとなればフンフン鼻歌でも歌いながらあっさり引退して、満面の笑みで『ただいまーっ! やっと一緒にいられるよ』なんて言いそうだから、アイツにとってはそれもアリだろうが。 この球団がセ・リーグだというのも入団を希望する大きなポイントだ。 亮治には当然エース候補としての入団が期待されているだろうが、何せバッティングの才能も半端じゃない。 本人いわく、『自分が相手に投球を見破られるような変な癖が出てないかを確認するのにも、バッターボックスや塁から相手のピッチャーを冷静に観察したい』んだそうだ。 天才の言う事は、凡人にはよくわからない。 とにかく、アイツにとってはバッターである事がピッチャーとしてのポテンシャル維持にも役立っているらしいから、DHの有るパ・リーグは避けたいというのが本音らしかった。 指名選手発表。 希望入団枠の行使で一巡目回避の球団もいくつか出ている。 指名されるのは投手が殆どだが、中には独立リーグで力を付けたと評判の野手の名前も挙がっていた。 このまま二巡目に突入か...と少し力を抜いた時だ。 『森井亮治、投手』 まさかの一巡目指名にクラスはどよめく。 そして亮治を指名したのは、あの意中の球団だった。 上位指名するという球団からの意思は伝えられていたものの、まさかの一位指名。 絶対に亮治を他の球団には渡さないというその強い姿勢に、ちょっと鼻の奥がツンとする。 口には出せない亮治の本心を知る中学からのツレと共に思わずガッツポーズを取り、ひしと抱き合った。 「やったのぉ。アイツの姿を何年後かには市民球場で見れるんか...まさか同級生にそんなすごい奴が出ると思わんかったわ」 「こりゃあ年間シート買わにゃいけまぁ」 「いやいや、アイツがエースになる頃には、新しい球場もできとるじゃろ。そうなったら女性客も増えてチームも盛り上がりそうじゃ」 『森井亮治、投手』 へ? また名前が...呼ばれた? それまでの浮かれた騒ぎが水を打ったように教室が静まり返る。 まさかの重複指名だった。 しかもそちらは、よりによってパ・リーグ。 地元での人気も高いし、やはりこちらも若手の育成とよそから引っ張ってきたベテランのバランスが良く、常にリーグ上位にいるチームではあるが...よりによってパ・リーグか!? 一巡目で指名が重複したのは、亮治を含めて三人。 順番に選手の名前が挙げられ、その選手を指名したチームから代表がそれぞれ前に出てくると、白い箱の中に手を突っ込む。 ガッツポーズ、苦笑い、そして明らかな落胆...それぞれ代表者の顔がアップでカメラに抜かれた。 と同時に、画面の端にはその指名を受けた選手の顔。 どうやら彼は、希望とは違う球団が交渉権を獲得したらしい。 懸命に口許には笑みを作るもののその目にはみるみる涙が溜まっていく姿に胸が痛んだ。 あんな顔を...亮治にはさせたくない... 次の抽選も、どうやら選手にとって本命では無い球団が当たりを引き当てたようだ。 彼は笑みを作る事すらできず、明らかに顔を強張らせた。 「こりゃあ...今年は悪ぃ流れじゃのぉ...」 「相思相愛は無しか...」 こんな流れの年は確かにある。 不思議と重複指名選手は誰も意中の球団には行けず、悉くこの1位指名で注目された選手は活躍できない。 そしてドラフト下位指名の選手が大化けする...そんな年。 せめて、せめて...亮治だけでも...... そして亮治の指名権をかけた抽選。 監督ではなく、去年も意中の選手を引き当てたというくじ運には自信があるらしい球団代表が箱から紙を取る。 対するもう一つの球団からは、去年就任して以来若いピッチャーを次々台頭させた実績を持つ監督本人が出てきた。 こちらもおそらく、どうしても亮治を育ててみたいという気持ちの表れなんだろう。 司会者の合図と共に、手にした紙が開かれた。 まるで雄叫びのような声と共に右拳を突き上げたのは...監督の方だった。 カタカタと椅子を引く音が聞こえたと同時に、皆が言葉もなく座り込んでいく。 クラスの中は、ひどく重苦しい空気に包まれる。 「流れには...逆らえんかったのぉ...」 「あの亮治じゃったら案外ジンクスなんか簡単にぶち破るんじゃないかと思うとったのに...」 「まあ、セ・リーグじゃない分、素直に応援できるって気持ち切り替えようや」 俺はどこか絶望的な気持ちで、意中外からの交渉を受けざるを得なくなったテレビの中の顔を見る。 けれど何故か、画面の端に映る亮治は...いつもと何も変わらない顔でニコニコと笑みを浮かべていた。

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