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ドラフト会議の中継は続いているものの、もう俺達には関係ない。 沈んだ空気を変えようとでもしたのか、担任は確認も取らずテレビを消す。 ちょうどそんなタイミングで、校内放送のチャイムが鳴った。 『当校3年生、森井亮治くんが本日のドラフト会議にて1位での指名を受けました。これよりテレビ局及び新聞各社による写真撮影がグラウンドにて行われます。野球部員は直ちにグラウンドに集合してください。なお、その他の皆さんは撮影の邪魔になりますのでグラウンドには立ち入らず、まっすぐ下校するように。本日のクラブ活動は中止とします』 何もクラブは野球部だけじゃない。 今がまさにオンシーズンであり、通常は野球部と交代でグラウンドを使っているサッカー部の生徒からは微かなブーイングが聞こえる。 そんな生徒たちに手を合わせて謝りつつ、担任は野球部のメンツに出て行くように促した。 『その他の生徒』である俺は、当然帰宅組だ。 できれば亮治のそばにいたいけれど... あの九州のチームが当たりくじを引いた瞬間の笑顔の意味を聞きたいけれど... そして... ドラフトが終わった時にはもう一歩踏み出して、俺たちの関係を変えようという約束を叶えたかったけれど... 高校球界屈指の人気選手だ。 それがドラフトでの1位指名となれば、おそらく今日はニュースにワイドショー、地元の情報番組の取材が途切れないだろう。 それどころか明日の朝一から生中継なんてのに駆り出される可能性もある。 うちの高校創立以来初めてのプロ野球選手の誕生に、学校側も相当浮き足立ってるだろうから、今日どころか明日だって一緒に過ごせる時間なんて作れないかもしれない。 プロに行け!と言ったのは確かに俺だけど、何も1位で指名される必要なんてないじゃないか... 八つ当たりにも似た理不尽な感情が渦巻いて、ちょっと泣きたくなってくる。 『その他の生徒』と括られた事で、俺と亮治はもう住む世界が違うのだと突き付けられたような気分だ。 重い足を引きずっている俺に、幼馴染みの快挙を祝う声があちこちからかけられる。 それにちゃんと笑ってお礼を言える自信も無くて、手洗い場に頭を突っ込むと蛇口を全開にして必死に冷静さを取り戻そうとした。 ********** 家に戻ってみれば、会社の会議室はまだまだ大騒ぎだった。 お客さん用の駐車場には地元のテレビ局の車が何台か停まってたから、亮治のお母さんが喜ぶ姿やインタビューをカメラに収めようとしているのだろう。 親父がアイツの後見人のような立場でもあるし、親父からの言葉も欲しいのかもしれない。 近所で後援会のような物を作ってくれてるおじさん達の顔もチラッと見えたから、取材の人が帰ればそのまま大宴会が始まるのは目に見えている。 『幼馴染みで、一番の親友』だなんて誰かの口から名前が出て俺まで引っ張り出されるのはまっぴら御免だ。 気付かれないようにソーッと自宅側の玄関から中に入ると、周りの様子を窺いながらやはりソーッと階段を上がっていく。 「隆史、おかえり」 背後からかけられた声に思わずビクンと背中が伸びた。 「あんた、その頭どうしたんね?」 明らかに不機嫌そうに眉間に皺を寄せたお袋が一度バタバタと走り、タオルを持って戻ってくる。 更に機嫌を損ねては何を言い出すかわかったもんじゃない。 素直に拭かれた方が良さそうだと一旦階段を下りた。 頭からタオルを被され力任せにガシャガシャされて、痛みにちょっと首を竦めてしまう。 「今日はお寿司頼むってお父さんが言うとるんじゃけど...あんたはどうする?」 「どうするって...何が?」 「あっちでみんなと乾杯してお寿司食べながら、あんたのインタビューと写真撮影もしたいんじゃと、新聞の人が」 「......まあ、言われるような気がしとったわ。あのバカ、どこでも『たかちゃん、たかちゃん』言うけ、幼馴染みのたかちゃんですっかり有名人じゃけぇの」 「嫌じゃったら別にええんよ...あんたの分お寿司は、後から持って来ちゃげるけ」 被されたままのタオルがありがたい。 色んな感情が込み上げてきて、また涙が出てきそうだ。 俺は静かに息を吸うと、一度わざとらしく咳払いをした。 「幼馴染みのお祝いの席なんじゃし、嫌なわけはなかろ? まあ、着替えてからでも良かったら顔出すわ」 「無理しんさんな...」 いつも親父よりうるさくて、いつも鬱陶しいくらいに元気なお袋とは思えない、穏やかで小さな声。 ふと顔を上げようとすると、お袋はタオルの上から頭を押さえてきた。 「亮治くんが遠いぃなったみたいで、寂しいんじゃないん? それでなくてもプロ野球選手なんかなったら今までみたいにずっと一緒におるわけにいかんのに、1位で指名なんかされてしもうたら取材やら練習やらでますます一緒におる時間減ってしまうじゃろ」 「そんなん...わかっとるよ。そもそもアイツにプロ行け言うたん、俺なんじゃし。幼馴染みじゃけぇ言うても、いつまでも一緒におれるわけじゃなかろう」 「あんたらは...ずっと一緒におるつもりなんじゃないん?」 思ってもなかった言葉に思わず肩が震える。 そっと頭の上からタオルを取ると、お袋は真っ直ぐに俺の顔を覗き込んできた。 「別に志望校も変えたらええんよ? 農学部じゃったら、九州大学にもあるんじゃし」 「母さん、何......?」 「それにね、別に無理に家も継がにゃいけんて思わんでええけ。これはお母さん一人の勝手な考えじゃないんよ。お父さんも、早紀さんもおんなじ考え。あんたと亮治くんを離れさそうとは誰も思うとらんの。心配じゃったら今からでもアンタに弟でも妹でも抱っこさせたげられるようにお父さん頑張らせるけ、あんたは自分のやりたいように、自分が後悔せんように考えんさい。離れるんが寂しいなら追いかけりゃええんよ」 バレバレか...... ヤバい、クソ恥ずかしい。 けれどそんな風に俺と亮治の事を温かく見守ろうとしてくれてる人がいるからこそ、俺は安心して今やるべき事をやれる。 反対されれば、もし俺達の幼馴染みを少し踏み越えた関係を非難されたとしたら、俺は本当にすべてを捨てても九州に着いていったかもしれない。 道が分かれる事で自分達の関係が壊れるのをきっと怖れただろう。 けどここには、ちゃんと俺達を受け入れてくれる人がいる。 たとえ恋人という関係が壊れたとしても、ここさえあれば俺達はいつでも幼馴染みには戻れる。 ならば俺がやるべき事は...一つだ。 「ありがと。でも俺は九州には行かん。予定通り神戸に行くけ」 「亮治くんと離れても平気なん? あんたは大丈夫? それに亮治くんも、あんたと離れたら野球できんようになるんじゃないん?」 「アイツは馬鹿じゃけど、不誠実な奴じゃないもん。自分を評価して金出してくれとる人らを裏切るような事はせんよ。それに、ちゃんと離れとっても見とるけ...いつでもアイツの事見とるけ頑張れ言うたら、アイツは頑張れるよ。俺に褒められたいだけで頑張れる馬鹿じゃけ。それにね、俺もたまにはアイツにカッコいいとか思われたいし...引退してから帰って来れる場所守りたいんじゃとか言うたら、ちぃとはカッコええじゃろ?」 俺の言葉にお袋は珍しく優しげに微笑むと、頭をポンポンと叩いてきた。 「ほしたら、あんたはあんたのできる事、頑張りんさい。ただね、やっぱり色々しんどい事は多いと思うんよ。堂々と手を繋いでデートするんは難しいかもしれんのは覚悟するんよ? 相手はプロ野球選手じゃけんね?」 「それは俺じゃなしに、亮治に言うといた方がええんじゃないん? アイツの口から漏れる可能性の方が高かろ? あ、あと...孫は見せちゃれんけ、それは謝っとくわ」 「ええよぉねぇ、あんたらに期待なんかしちょらんもん。ほいじゃけお父さんに頑張ってもろうて、あと一人でも二人でも子供産んだらええんじゃし」 お袋と話ができて、なんかスッキリした。 今は寂しくたっていいんだ、仕方ないんだって、ちゃんと自分の気持ちを受け止められる。 離れるのが寂しいのは当たり前だ。 誰よりもそばにいたし、誰よりもそばにいてくれた...いつだって俺達は二人でいたんだから。 そして、これから先もずっと二人で生きていく為に、今はちょっとだけ離れて生きる。 なに、せいぜい20年程度の話だ。 二人で生きるうちのたかだか20年くらい、野球に亮治を貸してやる。 「母さん、お寿司は後でまた持って来て。今日はやっぱりちょっと一人で亮治の事考えたい。明日以降じゃったらインタビューでもなんでも答えるけ。あとね...」 勝手に決めるなと亮治は怒るだろうか? けど、今日明日は絶対に二人きりになんてなれない。 俺達二人が本当に関係を変えるからこそ...お互いがお互いのやるべき事を一人で頑張る為のお守りだからこそ... 「受験前の追い込みの時期なんはわかっとるんじゃけど、近々亮治と旅行行きたい。てか、行く。父さんにも言うといて」 その言葉が何を意味してるのかなんてわかってるだろうに、お袋はやっぱり頭をポンポンと叩いて穏やかに笑った。

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