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第95話 涼介side命の峠

 あれから何日目になるだろう。俺たち家族は、ICUの短い面会の時間に合わせた毎日を送っていた。いつでも連絡が受けられる様に、何度もスマホを確認する癖がついてしまった。そんな俺を、蓮や壱太が気遣うような眼差しで見つめる…。  大学でも篤哉と理玖の交通事故はニュースで大々的に報じられたせいで、皆の知るところとなった。目の前の二人がガードしてるのか、俺に直接聞いてくる学生は居なかった。 「昨日の面会で言われたんだけど、今日人工呼吸器を外すって…。一時バイタルが下がって危なかった事を考えると、ドクターも峠は越えたでしょうって言ってくれて。自発呼吸が安定したらしいんだ。  だから今日はICUに行かなくて済むかもしれないな。流石に毎日あそこに行くのは神経が削れるというか…。仰々しい機器に囲まれて、電子音が鳴り響いててさ…。  でも、理玖は綺麗な顔で眠ってるんだ。少し顔色は悪いけど、今にも目を開けて涼兄って言いそうな感じでさ。…多分呼吸器取ったら、脳のCT取って状況の確認するんだと思う。 それを考えると、なんだか病院へ行くのが怖いよ。」  壱太が俺に、躊躇いながら尋ねた。 「…篤哉はどうなんだ?相変わらず思い出さないのか?」  俺はぎゅっと手を握りしめた。そんな俺の手を蓮の手が優しく包んだ。 「…篤哉は事故の時、咄嗟に理玖に覆いかぶさったみたいだ。その時に頭を強く打ったんだ。東さんがドクターに聞いたところ、本人が一番大事に思ってる記憶だけぽっかりと思い出せなくなる事は稀にあるらしい。  篤哉が理玖の事覚えてないなんて何の冗談かと思ったけど、その話を聞いて腑に落ちたんだ。篤哉にとっては理玖以外の事は二の次だったって事だ。」  蓮が頷いて尋ねた。 「ああ、俺もそう思う。篤哉にとっては理玖君が全てだったからな。その記憶はまた思い出す事が出来るのか?」  俺は蓮の何か言いたげな瞳を見つめて言った。 「どうかな。取り敢えず理玖の意識が戻るのが先だろう。…俺そろそろ行くわ。個室に移動してれば15時から面会だから。」  俺が席を立つと、二人も一緒に立ち上がった。そこまで一緒に行ってくれるらしい。二人には事故以来随分気づかってもらってる。俺は小さな声で、じゃあと挨拶するとタクシーを拾うために大通りへ向かった。  二人が俺を、心配そうにずっと見送ってくれてる事には気づかなかった。

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