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第98話 篤哉side薔薇の記憶

 俺はそれから何度も時間が許す限り、毎日理玖くんの顔を見に行った。思い出せたかと言えば全然だ。ただ、理玖くんの匂いは、ずっと知ってるものだし、俺のものだと感じる。  俺は涼介に手伝ってもらって車椅子に乗り込むと、いつもの様に手でタイヤを操作した。涼介は多くを語らないが、随分とやつれて見える。 「…涼介、眠れてないのか?」  涼介は少し哀しげな顔をして、俺の前に立って歩き出した。 「…どうかな。ぐっすり眠れてないのは確かだ。理玖が目覚めないだろ…。だからか悪い夢ばかり見てしまう。あれからもう三週間だぞ。理玖の身体だって限界じゃないか?  お前はまだ思い出せないんだろ?でも理玖に執着してるところを見ると、本能が感じるんだろうな…。」  理玖くんの部屋には、いつもやわらかな花が飾ってあった。白薔薇の甘い香りが部屋に漂っていた。俺は薔薇に引き寄せられるように、車椅子を近づけた。  何かが記憶を引っ掻く。一瞬理玖くんが嬉しそうに薔薇の花束を抱えるイメージが浮かんだ。俺は無意識に涼介に尋ねた。 「…なぁ、俺、理玖くんに薔薇の花束を渡した事あったか?」  涼介はハッとして俺をまじまじと見つめた。俺はベッドに横たわる理玖くんを見つめて言った。 「…あったんだな。何か今、理玖くんが薔薇を抱えて嬉しそうに俺を見つめるイメージが浮かんだんだ。  誰にも話してなかったけど、俺、事故後まだ朦朧としてる時に、浜辺にいる少年がこっちを向いて笑っている夢をずっと見てたんだ。誰なのか分からなかったけどな。  でも俺はその少年にずっと笑いかけて欲しかった。何度もその夢を見るために眠ったんだ。すごく幸せな気持ちだった。  だから番の理玖くんの事を全然覚えてなくてショックだったんだけど、実はあの少年が理玖くんじゃなかったら正直どうしようかと思ったんだ。  だってそうだろう?番よりも少年に夢でも会いたいなんて。でも、あの少年は理玖くんだった。だから俺は記憶は怪しいけど、心が覚えてるんだ。  ひとつ頼んで良いか。二人きりにしてくれるか?俺、理玖くんを頑張ってこっちに呼びたいんだ。俺を見つめて欲しいんだ…。夢の中だけじゃなくて、現実でも。」  涼介は頷くと、俺に手を貸して立ち上がらせるとベッドサイドまで連れて行って椅子に座らせた。脚が邪魔だから横向きだけど、ベッドの理玖くんの近くには寄れた。  俺と理玖くんを残すと、30分したら迎えに来ると言って涼介は部屋を出ていった。

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