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第99話 優しいささやき
またあの良い匂い…。時々感じるあの匂い。そんな時だけ、僕は意識が浮上する。僕は微睡みから浮かび上がって、あの匂いを吸い込んだ。
時々感じる良い匂いが、僕を幸せにする。そんな時はここから出たいと思うのに、僕の前には半透明なカーテンがこれでもかって重なっていて、向こうが見えない。
だからそれが何の匂いかは分からない。でも最近はその良い匂いが長く感じられて嬉しい。やっぱりここから出てあの匂いの元が知りたいな…。
また、あの匂いだ。今日は凄く近くから匂ってくる。ああ、良い匂い。あ、目の前のカーテンが薄くなってる。向こう側が目を凝らせば見えるかもしれない。
僕は手を伸ばしてカーテンを押し退けた。さっきより明るい。僕は匂いのする方へ向かってゆっくりと歩き始めた。薄いカーテンが何枚も身体にまとわりついて前に進めない。
僕は諦めて立ち止まった。すると、カーテンの向こう側から、呼び声がする。あ、あの声。僕の好きな声だ。やっぱり匂いと一緒で、懐かしく感じる。
何て言ってるかは分からないけど、優しい声だ。僕は頑張って一枚づつカーテンをめくりながら、辛抱強く進んだ。薄らと向こう側が見える気がする。僕は後ろを振り返った。
随分暗い場所に居たんだな…。僕はあんな場所は本来好きじゃないのに。僕が好きなのは…ああ、そうだ。あっくんの腕の中だ。そう、こんな感じ。
僕の前に立ち塞がっていたカーテンは、いつの間にか無くなっていた。感じるのは耳元で優しく僕の名前を呼ぶ声。それと僕の頬に感じる温かい体温。
ああ、何で目が開かないんだ。僕の大好きなあっくんがここに居るのに。痛い。…何か身体が痛い。ああ、嫌になる。もう一度あっちに行こうか。
その時、僕の頬に温かな雫を感じた。それは次々と僕の頬を濡らしているみたいだった。僕はあっくんが泣いてるのかもしれないと焦った。
あっくん?何で泣いてるの?ああ、早く目を覚まして、あっくんを悲しみから引っ張り出してあげなくちゃ。僕は頑張った。重たい瞼をこれでもかと持ち上げようと頑張った。
突然押し込まれる様な光の渦が眩しく僕の目の中に飛び込んできた。僕は焦点の定まらない目の前の光景がはっきりして行くのをボンヤリと見つめていた。
「…理玖くん…?」
僕の耳元であっくんの声がした。
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