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第1話 好きなヤツいるから(1)

 日比谷千佳(ひびやちか)、十七歳――高校二年生にして初めて迎えた春は、あっけなく終わりを告げるのだった。 「ごめんね、日比谷くん。私と別れてくれないかな?」 「え……」  まだ九月だというのに、冷たい風が頬を撫でていく。昼休みの体育館裏には、数人の女子生徒がグループで談笑していて、なんだかこちらを見て笑っているように思えた。 「どどどうしてかな、中原さん。俺、なんかしちゃった?」 「ううん。その、他に気になる人ができたから」 「うそっ、誰!?」 「せ、瀬川明(せがわあきら)くん……です」  中原が恥ずかしげに口にした名を聞いて、千佳の頭に衝撃が走る。  彼は陸上部のエース的存在として、一般生徒に名が知られている。が、本人は積極的に人と関わろうとしないので、普段は特段目立たない男だ。ただ、顔を見た者は誰もが思うだろう――彼がまごうことなき《イケメン》であると。 (くそ……よりにもよって、なんでアイツなんだよおっ)  そう、よりにもよって。千佳にとって瀬川明は、どの生徒よりも近しい存在だ。  なにしろ二人は家が隣同士で、物心ついたときからの幼馴染みなのだから。 「でね、これ渡してほしいの。二人って同じクラスっていうか仲いいよね?」  ショックを受けているうちに、手を取られて手紙を渡された。今どき珍しいが、可愛らしい便箋のそれは、どこからどう見てもラブレターだ。 「えええっ!」 「じゃあね、絶対に渡してね!」  返事を待たず、中原は走り去っていく。千佳はその背をぼんやりと見送ることしかできなかった。  悔しいけれど、中原が明に好意を寄せるのもわかる。千佳は童顔で華奢だし、身長も平均程度しかなければ、何の特技もなく平凡――すべて明とは真逆だ。男らしい明の方が魅力的に思えるのは、当然といえば当然だろう。 「ああ~っ、もう!」  高校生になったことをきっかけに――生徒の自主性や自己管理力を重んじる校風だったので――思いきって茶髪にしてピアスホールも開けた。放課後は女子と遊びまくろうと、部活動にも入らなかった。  そうして何度目かの告白で、ついに念願叶って彼女ができたというのに、 (ちくしょう、明のせいだ!)  肩を怒らせながら、ずんずんと廊下を歩く。  教室に戻ると、目的の人物は自分の席で小説を読んでいた。  頬づえをついて読書する姿といったら、絵になるとしか言いようがない。無造作な黒髪がアンニュイな雰囲気をさらに際立たせ、飾り気がないものの確固たる美しさがあった。  複雑な気分になりつつ、千佳は声をかける。

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