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第2話 好きだと気づいたところで(2)

    ◇  重苦しい感情を抱きつつも、日常は過ぎていく。  週末になって、千佳は気分転換に外出することにした。行き先は渋谷――もちろん一番の目当ては大型CDショップだ。  千佳の推している《萌木坂46》は店舗キャンペーンの一環で、特典が付属することがある。今回の最新シングルにはフリーマガジンが付いており、《推しメン》の撮り下ろしヴィジュアルがあることから逃すわけにはいかなかった。  欲しかったものを手に入れて、ほかに寄るような場所はあっただろうかと考える。と、スクランブル交差点で信号待ちをしていたときだった。雑踏の中に見慣れた横顔を見つけたのは。 「明?」  思わず出た声に相手が反応する。 「よお」 「えー、めっちゃ偶然じゃん。渋谷で会うとは思わなかったわ」 「ちょっと用足しにな」 「あ、俺も。これ見ろよ、ジャケット可愛すぎてマジでアガる!」  ショッパーバッグからCDを取り出すと、「お前はそればっかだな」と笑われた。不覚にもドキリとしてしまう。 (なんだ今の……確かに顔はいいけど、親の顔ほど見慣れてるっつーのに)  相手の言動に一喜一憂している自分がおかしかった。  ここしばらく感情が揺れっぱなしだ。如何せん、明のことを変に意識しすぎている。 「せっかくだしさ、どっか店入らね?」気を紛らわすように千佳は言った。 「……これから用があっから」 「そーいや、さっきもそう言ってたっけ」 「悪いな」  会話を交わすうちに、信号機が青になって群衆が動き出す。いつまでも話しているわけにもいかず、最後に一言二言やり取りをして二人は別れた。 (いやいや、用って何だよ)  どこか言葉を濁していた様子に引っかかりを覚える。  渋谷の公園通り付近には、彼が好みそうな――明は体を動かすことが数少ない趣味だ――スポーツショップが充実しているが、それならそうと言うはずだ。  長年の付き合いとはいえ、千佳にも知られたくないプライベートなことなのだろうか。  そう考えて思い当たってしまった。つい先日だって、隠されていたことがあったではないか。 (まさかアイツ、好きな子と会うつもりじゃ!?)  途端に明の姿を探していた。  彼はまだ遠くへは行っておらず、すぐに後ろ姿が見つかった。千佳は気づかれぬように後を追う。  単なる勘に過ぎないけれど、明が隠すようなことなんてそのくらいしか思いつかないし、悪い勘こそ当たるというものだ。 (明が好きになる相手って、どんな子なんだろうな……)  一目見るだけ、と思いながら尾行を続ける。  すると、明は道玄坂通りに向かい、通り沿いの細い路地前で立ち止まった。  こんなところで待ち合わせだろうか。テナントビルの陰から様子をうかがっていると、予想外の人物がやって来た。

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