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第2話 好きだと気づいたところで(1)

 瀬川明との出会いは、正直なところ思い出せない。物心ついたときには一緒にいた、としか言いようがない。  隣に住んでいて親同士の仲がよかった。当初はただそれだけの関係だった。  というのも、千佳としては明がどこか怖く感じられたのだ。幼少期の千佳は引っ込み思案な性格をしており、うまく周囲に馴染めないのもあって、明は近寄りがたい存在だった。  そんな彼に対する認識が変わったのは、小学生のときだ。下校途中、数人の同級生に囲まれ、泣いていた千佳を助けてくれたのが明だった。 「おい、何やってんだよ」  一連の流れは、今でもはっきりと覚えている。明の登場にざわつきながらも、同級生たちは次々に笑ってこう言うのだ。 「だってコイツ、すぐ泣くんだぜ!? なよっちいの!」 「ホントは女なんじゃねーの? なあ、千佳ちゃーん?」  対する明は、つかつかと歩み寄ってきては、ドンッと一番近くにいた男子を手で突き飛ばす。千佳は口を開けて驚くばかりだった。 「こんなことしてて楽しいのかよ、だっせ」  同級生たちが「瀬川くんが押した!」などと騒ぐも、少しも気に留めず明は立ち去っていく。千佳は慌ててその背を追った。 「あの、明くん! あ、ありがとっ」 「お前、いつもああなワケ?」 「あ、うん……名前が、女の子みたいだからって」  いじめられていることも、その理由も、初めて誰かに打ち明けた。  親になんて――恥ずかしいし、悲しませるのも嫌で――とてもじゃないけど言えなかったし、先生にもわざわざ言おうとは思わなかった。何故だか、明には言ってもいいと感じたのだ。 「ふうん、俺は好きだけどな。『チカ』って、なんか明るいカンジでいーじゃん」 「えっ?」  明はこちらを振り向いて、思ってもみなかった言葉を返してくる。ぼうっとしていたら、ぶっきらぼうに手を差し伸べられた。 「いつまでも後ろにいるな。隣来いよ、千佳」  今思えば、それがすべてのきっかけで、二人の始まりだった。  登下校するときはいつも待っていてくれて、いじめも気づけばなくなっていた。明の存在は勿論のこと、ともに過ごすようになってから、千佳が随分と外交的になったのもあるだろう。  進学先も同じで、友達として日頃から一緒にいるのが当たり前。これから先もずっとそうだろうと信じて疑わなかった。  というのに、その“当たり前”が今になって崩れようとしている。自分から恋人を作ろうとしていたときは思いもしなかったけれど、一度意識したら気になって仕方ない。  そもそも、あの頃から彼に惹かれていたところがあったのだ。それがどういった感情か、長いこと気づかなかっただけかもしれない――そう考えれば、どこかしっくりきてしまう自分がいて嫌だった。

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