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第1話 好きなヤツいるから(5)
(なんだ、これ……)
どうしてだか、中原にフラれたときよりも残念に思えてならない。
胸がきゅうっと締め付けられる感覚を覚えて、そっと手で抑える。心を落ち着けるように深く息を吐いたあと、ゆっくりと千佳は口を開いた。
「ははっ、マジかよ。ちょっとビビっちまったわ」
「さっきのお前、すげー間抜けヅラだった」
「うっせえなあ。つか、何気にはぐらかされたし……そーゆーのは本人にちゃんと伝えろよな。お前ならオーケーもらえるに決まってんだろ?」
「俺はそうは思わないし、言わねえよ」
「な……なんだそれ。ただ想い続けてるのって不毛じゃねーの?」
「ま、そうかもな」
またあの表情だ――切なげに呟く明を見て、ズキリと千佳の胸が痛んだ。
(マジでその相手のこと好きなんだ)
気分がますます落ち込んでいく。彼がそのような感情を抱いていたなんて、まったく考えもしなかったし、今だって信じたくない。
何といったって幼馴染みなのだ。ずっと一緒にいたぶん、大切にしていたものを他の誰かに取られてしまった気になってしまう。明の好きな相手が、本当に自分だったらよかったのに――そのようなことを一瞬考えて、千佳はげんなりした。
(なに考えてんだ、俺……さっきからおかしいだろ)
そういった趣味はないし考えられないが、そこまで鈍感なつもりはなく、己の中で“ある可能性”が膨らんでいく。
先ほどからズキズキと胸が痛んで堪らない。何かの間違いだと何度も否定するものの、単に寂しいだけなら、こんなにも心苦しくはならないだろう。
(認めたくなんか、ねえよ)
明のことが特別な意味で好きなのだ、と。もし本当にそうだとしたら、気づいたところでもう失恋しているのだ。
今までの恋愛が覆されるような感情の波に溺れそうになる。こんなの初めてだった。
「……恋って、難しいもんだな」
ぽつりと呟けば、明が小さく肩をすくめる。
「ったく、お前はいいよな。『好きなアイドルに顔が似てるから』なんて理由で女に告白すんだろ?」
「嫌味かよ」
「羨ましいと思っただけだよ」
「あっそ……」
適当な相槌を返すほかない。
鬱屈とした感情を抱えながら、やがてやって来たバスに乗り込むのだった。
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