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第4話 猫かぶりもばればれ
「しかし、あんなこと言っちゃって、大丈夫なんです?」
「勝算なかったら言わないですよ。別のアプローチするし」
読み合わせが終わり、親睦を深めるためのちょっとしたゲームをして少し打ち解けた遥は、キャスト、スタッフと揃って貸し切った居酒屋に来ていた。
遥の発言で予算を倍にできたことを受けて、スタッフもキャストも遥を特別な存在として扱い始め、遥の気分は非常にいい。みんな、もっと僕をチヤホヤしてくれ、と遥はみんなにお酒を注いで回る。
すると、雅樹と永井が揃って店に入ってきた。稽古前の親睦会に、永井は遠慮すると言って帰ろうとしたのを、雅樹が上手く説得して連れてきてくれたらしい。
「あ、来てくれたんですね、永井さん」
こっちこっち、と遥は自分の隣に二人を呼ぶ。雅樹はさり気なく永井を遥の隣に座らせ、遥は満面の笑みで彼らを迎えた。
やはり、雅樹は永井と仲良くしろと言いたいらしい。当の本人はあまり乗り気ではないようだが、遥は絶対落としてみせる、と気合いを入れる。
「おしぼりどうぞー」
「……」
無愛想、というか、こころなしかムスッとしているような永井は、黙って遥からおしぼりを受け取った。そんなにこの親睦会が嫌だったのだろうか、と遥はグラスを永井に渡そうとする。
「いや結構。……下戸なので」
永井は表情を変えないまま言う。なるほど、酒が飲めないから遠慮したかったらしい。遥は烏龍茶のピッチャーを持ってくると、グラスに注いで永井に渡した。
「この見た目で下戸とか、面白いだろう?」
永井の隣に座った雅樹が笑っている。ザルの雅樹に比べれば、大抵の人は下戸になりそうだと思いつつも、遥は雅樹にビールを注いで渡した。一応、こういう席のTPOはわきまえているつもりなので、遥はグラスを低く持ち乾杯をする。
永井の見た目は真面目そのものだが、洗練された大人の色気もある。居酒屋というよりはバーにいそうだな、と遥は思った。
「えー? 全然飲めないんですか? バーとか似合いそうなのに」
そう言って、遥は自分の肩で永井の肩に少し触れる。案の定、永井は離れた。これは落とし甲斐がある、と遥は笑う。
「社長、永井さんのことご存知だったんですね」
そういいながら、永井が見つめていたおつまみを取って彼の前に置いた。自慢じゃないが、観察眼はある。人並み外れた容姿だってある。仕事の為に何でもやってきたおかげで、人を見る目と人を籠絡させることには長けている自覚がある。
「ああ、パーティーなどで何度かお会いしていてね。お酒を飲まなくても楽しめるお店を教えてもらってから、仕事の話をするようになって」
雅樹らしい近付き方だな、と思った。彼は酒と食事が趣味なので納得だが、ザルの雅樹が酒を飲まなくてもなんて言う理由が、ただ永井に近付くだけが目的じゃなかったと気付いて、ムカつく。
(恋人と楽しめる店を知りたかった、ってとこか)
浮かれやがって、と思う。黒兎は酒を飲まないから、彼に合わせて行くお店を知りたかったのだろう。
「へえ、僕もどんなお店か気になりますね」
美味しいんだろうな、と所作を意識してサラダを口にする。箸を置いて静かに咀嚼していると、永井がチラリとこちらを見た。
遥はニコリと笑顔を見せると、その視線はすぐに前を向く。少しは自分を好意的に見てくれるようになったかな、と思ったけれど、遥が置いたおつまみも、烏龍茶もほとんど手をつけていない。
「永井さん、お腹空いてないです?」
「いや、別に……。小井出さん、気遣いは結構だ」
食べないのかと聞いてみたら、そんな返事がきた。遥はドキリとする。永井の言葉は自分に構わないでくれ、というより、遥が永井の為に下心を持って動いていることに気付いた、というニュアンスを含んでいたからだ。少し突き放すように言われて、遥は笑顔のまま固まってしまう。
「……なるほど、演技は上手いようだな。跳ねっ返りと聞いていたが、空世辞も使える世渡り上手と言ったところか」
あっという間に自分を分析され、全て見透かされていたことに羞恥心で呆然としていると、永井はニコリともせずに「期待しているよ」と言って立ち上がる。
「これで失礼する。木村さん、どうもありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。……送りましょうか?」
「結構です」
雅樹の申し出にも笑わずに、永井はその場を去って行った。舞台監督が慌てて送ります、と申し出ているが、彼にも永井は断ってひとりで店を出ていく。
「どうだい遥、なかなか興味深いひとだろう?」
雅樹が笑って隣に来た。永井が遥を跳ねっ返りと言ったのは、おそらく雅樹が伝えたのだろう。それで、全部見透かした上で突き放した。多分最初から、永井のシナリオ通りだったのだろう。
手のひらで転がすつもりが、逆にすでに術中にはまっていたと知り、遥は顔が熱くなった。こんな風にあしらわれたのは初めてだ、と。
今まで、自分の反発やおべっかに翻弄されないひとはいなかった。いや、雅樹もそのうちのひとりだけれど、外部の人間では初めてだ。
遥は雅樹を見ると、彼はニコニコと笑っている。このひとも、全て遥の行動を読んだ上で仕事を持ってきて、分かった上でここに連れてきたのだ。
「ほんと、アンタ嫌い」
「どうして? 落としがいがあるだろう? 彼は」
はあ、と遥はため息をつく。すると雅樹は、さらに笑みを深くして言い放つ。
「遥、仕事だよ。公演直前まで、動画サイトで宣伝番組をやるそうだ。よろしく」
予算を増やした分、急遽スタッフを集めたからね、と機嫌よく言う雅樹を、遥は一発殴っても怒られないよな、と拳を握った。
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