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第7話 悪夢は続く

「おはよーございまーす!」  先程の険悪な雰囲気を微塵も残さず、遥はスタジオに入っていく。  今日は舞台のチラシ用ビジュアル撮影だ。早速メイクをし撮影用衣装に着替え、再びスタジオに戻る。 「よろしくお願いします!」  元気よく挨拶すると、カメラの調整をしていた男が振り返った。短めの髪に眼鏡、スラッとした顔と体躯……見たことがあるなと思ったら、一年前に仕事をしたことがある人物だった。 「あっれー? この撮影、亮介(りょうすけ)さんだったんですね」  人懐こい様子を見せながら近付くと、彼、来島(きじま)亮介は口の端だけを上げて笑う。 「ええ、急遽呼ばれて。お久しぶりですね」 「お久しぶりですー! 覚えててくれて嬉しいなぁ」  そう言って、遥は思い切り亮介に抱きついた。衣装が乱れますよ、と軽く流され、こいつもなかなかなびかないな、と心の中で思う。 「ああ小井出さん、今ので髪が……」  かぶったカツラが乱れたらしい。亮介から離れ、メイク担当に髪を直して貰いながら、遥は続ける。 「彼氏さん、元気ですか?」 「元気ですよー、久しぶりに小井出さんと仕事だって言ったら、嫉妬してプンスカしてました」  笑顔でそう言う亮介は、デジタルカメラの画面を覗いた。その横顔は甘く、遥にも本気で彼のことが好きなんだな、と感じられる。 (どいつもこいつも、惚気けやがって)  リア充本気で爆発しろ、と遥は心の中で呟いた。最近、自分の周りはカップルに溢れていて、それなのにどうして自分には恋人がいないのだろう、と寂しくなる。  遥の恋愛対象は男性だ。女性は付き合ったことはないけれど、好きになることはないだろう。性的マイノリティと言われるひとたちが、こんなにも自分の周りにいるのに、自分だけ恋人がいないのは嫌がらせか、と思ったりする。 (少しでもいい、僕のこのモヤモヤを分かってくれるひとがいたら……)  そんなことを考えてカメラの前に立つ。撮影用に造られた剣を持ち、漫画やアニメで研究したポーズや構えをする。そこはプロ、考えていることがどんなにネガティブでも、表情には決して出さない。 「いいですね。もう少し動いてみてください」  亮介の声と、シャッター音がスタジオに響いた。遥は思考を止め、仕事に集中する。 ◇◇ 「なんか、雰囲気変わりましたね」  撮影が終わり、チェックも終盤となったところで、亮介はそう言った。遥はそうですか? にこやかに答える。 「ええ。前は良くも悪くも、感情が出ていたのにそれがなくなってます」 「……」  役者として致命的な指摘に、遥は返す言葉がなかった。呆然としていると、亮介はほら、と続ける。 「前はもっと……こんなことすら言わせないように『僕を見て』『僕が一番』って技術でもアピールしてきてたじゃないですか」  亮介の口調には、遥を責める意図はないようだ。むしろ周りのスタッフの方が、亮介の発言に慌てていて、「小井出さんを不機嫌にさせないで」と小声で言われている。 「うるさいな、僕だって疲れてるんですよ」  かろうじて出た反発の言葉に、亮介は「ほらまた」と嫌な指摘を続けてきた。 「山より高いプライドはどこ行ったんですか? あの小井出さんが、疲れを理由に仕事をおざなりにするとは」  もしかして、俺に甘えてました? と笑った亮介。遥はかあっと頬が熱くなった。知り合いで、亮介が遥の好みだったこともあり、気を抜いてしまったことに今更ながら気付く。  確かに、先程はこのモヤモヤを分かってくれなんて考えていた。相手もプロだ、遥が集中していないのも分かっていただろう。  そして、亮介はさらに追い打ちをかける。 「俺、急遽呼ばれたって言いましたよね。本来のカメラマンが、小井出さんとは仕事したくないって直前で逃げたんですよ」  それなら最初から仕事を受けるなよって話ですが、と彼は笑った。 「多少横柄な態度でも、仕事がきっちりできていれば何も言いません。でも、今日のあなたは俺の考える及第点ギリギリだ」  最初こそ、亮介を止めようとしていたスタッフはもういない。だからこそ、ここにいるひとたちは、亮介に近い考えを持っていることに気付かされる。 「……前は俺に彼氏がいても、そんなの関係ないってわがままに振舞ってたのに、ずいぶん大人しくなりましたね?」  確かに、今までの遥ならこんなことを言われたら「だったらやってやるよ!」と逆に燃えていたし、先日永井に突っかかった時も、状況をひっくり返そうとワクワクしていた。けど今日は……今日だけはその気力すらない。 「……すみません、ご指摘ありがとうございます。確かに、気が緩んでいましたね」  遥は殊勝に謝ると、亮介は驚いたようだ。彼は発破をかけたかったらしいけれど、今の遥にはそれを受ける余裕がなかった。  結局、撮り直す時間も予算もないということで、亮介の言う及第点の写真で通すことにする。しかし、この日の遥の仕事ぶりが、亮介からよりによって谷本に伝えられてしまった。遥は気が気じゃなくなって舞台稽古でも失敗を連発してしまう。  明らかに自分の調子がおかしい。けれど修正の仕方も分からない。落ち込んで人けのない場所で膝を抱えていると、キャスト数名が慰めに来てくれた。それでも素直になれない遥は、放っておいてくれと突き放してしまう。 「こんな所で何してるの?」  ビク、と遥の肩が震えた。そろそろと顔を上げて、その人物の足だけを見る。ピンヒールを履いた、谷本だ。どうしてここに、と思ったけれど、亮介の連絡を受けて、彼女はお使いを放ってこちらに来たのだろう。  彼女は遥の隣に座ると、腕に柔らかいものが触れる。途端に走った嫌悪感に身体ごと顔を逸らすと、顎を掴まれ谷本の方に向かされた。 「何してるのって聞いてるの」 「……っ」  谷本の爪が顎と頬に食い込む。跡がつく、と抵抗すると、彼女の顔が近付いた。

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