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第14話 安心する存在

 結局、遥は稽古後に永井と食事に行くことになった。  谷本が途中からいなくなっていたからだが、もしかしたら永井と雅樹が連携して、彼女を追い払ってくれたのかもしれない。 「……口に合わなかったか?」  そんなことを考えていたせいか、ボーッとしていたらしい。対面に座る永井からそんなことを言われて、慌てて首を振った。  ここは高層ビルに入っている、洋食レストラン。全面ガラス張りの窓の向こうには美しい夜景が広がっている。個室に通されて文字通り二人きりになったというのに、遥は谷本のことを考えているなんて、と嫌になった。 「いえ、どれも美味しいです。永井さんは本当に美味しいお店を知ってますね」  雅樹と気が合うのも頷ける、と搾りたてオレンジジュースを飲む。濃厚な味に酸味も甘味もちょうどよくて、とても好みだ、と遥は思った。 「……今日はお酒は飲まないのか?」 「遠慮しておきます。また無断外泊したら、あとが怖いですし」  そう言うと、永井は眉を顰める。遥はしまった、とでもいうようにそっぽを向いた。 「確かに、仕事に支障が出るようなことはして欲しくないが、きみは成人しているだろう? きみの行動はもうきみが管理するべきであって、谷本さんじゃないと思うが?」  遥は何も言い返せなくなった。俳優とマネージャーとしても、親子としても、その枠を越えている自覚はある。けれどそこから外れると、谷本の『おしおき』が待っているから、大人しくしているしかないのだ。 「……恋人って、そんな嫌なことを言うものなんですか?」  なぜか喧嘩腰になってしまい、まずいと思う。けれど止められない。 「そうだな。少なくとも、私より谷本さんのことを考えている時点で、私の存在は二の次だということは分かった」 「……」  遥は視線を落とした。永井の言う通りだ。図星だからこそムカついてしまう。  谷本が怒ったら何をされるか、永井は知らない。そこそこ名が知られている小井出遥が、実の母親に辱めを受けているなんて、絶対に知られたくない。  どうして仕事の契約だけでなく、恋人契約も切り出されたのか、本当の理由がやっと分かった。永井は、遥と谷本の関係が、依存的だと知っていたからだ。多分永井は、谷本と離れたあとの遥の依存先として名乗り出たのだろう。  谷本との事情は雅樹から聞いていたのかもしれないけれど、どうしてそこに首を突っ込もうと思ったのか、考えたくはない。そしてそうと分かってしまったら、遥は永井から離れたくなってしまったのだ。 (だから契約は舞台が終わるまで……。社長に嵌められたな)  多分雅樹は、遥の好みまで把握して永井を紹介した。そしてこの舞台の間に決着をつけるつもりなのだろう。 「……せっかくのデートだ。この話はやめよう」  相変わらず永井は感情を読ませない表情だ。その表情でデートと言われてもなぁ、と遥も意識を切り替える。なんにせよ、美味しい料理が目の前にあるのに、楽しまなければ損だ。 「ところで遥」  料理を食べ終わり、店を出たところで永井に呼ばれる。見上げると優しげな目をした彼と視線がぶつかって、ドキリとした。  このひと、こんな優しい顔もするんだ、と思っていると、背中を優しく押される。 「部屋を取ってある。少し休んで行くといい」  それは言葉通りの意味だろうか? と遥は思ったけれど、永井はもう遥の背中から手を離し、いつもの表情で前を向いていた。そこには性的なニュアンスは一切なく、遥は残念だ、と思いかけてヒヤリとする。  一体自分は何を期待したのだろうか、と。  そういう意味でなら永井と一緒にいたいだなんて、ただのビッチじゃないか、と遥は首を振った。 (そうだ、しばらくしてないからそう考えるだけだ)  そう自分で納得し、遥は永井について行く。エレベーターで階下に行くと、どうやら同じビルにホテルも入っていたらしい、永井がチェックインを済ませてくれる。  永井に連れられて部屋に着くと、そこもまた夜景が綺麗な部屋だった。全面ガラス張りなのはやはり夜景が売りなのだろう、カーテンも開けた状態で部屋が整えてある。  窓のそばで外を眺めていると、隣に永井が来た。 「夜景は好きか?」  遥はそっと首を振る。窓に背を向けると、そばのソファーに腰を下ろした。 「見てると切なくなるから。綺麗だとは思いますけど」  遥自身、どうしてそんな心境になるかは分からない。けれど夜景……特に冬の夜景は綺麗だけれど、同時に温もりも欲しくなって、それが得られない現実に悲しくなるのだ。遥はそのまま永井に話す。 「そうか。なら、こちらに来なさい」  軽く手招きされ、遥は再び立ち上がって永井の隣に来た。すると彼は遥の後ろに立ち、長い腕で遥を包むように抱きしめたのだ。 「こうしたら温かいし、寂しくない」  遥の頭上に永井の顎がある。低く落ち着いた声は身体を通して甘く響き、遥は酷く安心した。 「一昨日、食事をした時にきみは私から離れなかった」  そのままの体勢で、夜景を眺めながら永井は言う。 「木村さんが珍しがっていたよ。遥がここまで懐くのは珍しいと……」 「そう、ですか……」  遥としては、記憶がないのでそう答えるしかない。しかし、今までの誰よりも安心する相手なのは確かだ。 (だって、このまま離れたくない。……演技じゃなく)  いつもなら、こちらから誘って僕を見てとアピールするけれど、遥の本音ではない。セックスも、芸能界で上手くやるためのツールでしかなかったのに、やはり永井とはそれを抜きでしたいと思うのだ。  これは永井に惹かれていると言っていいのだろうか? (分からない……) 「遥……名前を呼んでくれないか?」  永井が少し熱を孕んだ声で言う。やはりその声にゾクリとして、遥は振り返りながら彼の名前を口にした。 「和博(かずひろ)、さん……」  自分でも信じられないほど甘い声が出る。永井の大きな手が遥の顎をそっと持ち上げ、視界全部が彼の顔になった。

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